第30話 噂は下火になっていく
卒業式から三ヶ月が経ちました。
その間、特に何か大きな出来事はないものの……あの日のことが人々の噂になることは、少し落ち着いてきたような気がします。
ちなみにアトキンス嬢の実母による誘拐事件ですが、そちらは内々に片付けられてアトキンス男爵家の面目は保たれたようです。
どのように処理されたかまでは存じませんが、罪はきちんと償っていただけると良いですね。
おそらくは貴族の令嬢を狙って平民が暴挙に出たということで、それなりの年月を危険な坑道などでの苦役を課せられるものと思います。
それらの刑に課せられた人々は、再犯をする余力も無いほど弱ってしまうと聞いたことがありますが……実際に私がそれを目にすることはないだろうとレオンは言っていました。
(……そうね、私が甘すぎる部分は、レオンに補って貰うことで当面はやっていかなければ。いつまでもそんなことは言っていられないけれど)
世間の注目は今、コリーナ様が嫁がれた隣国から良質な絹を輸入できるようになったことのほうに向いています。
外交が成功した証ですので、友人として私も誇らしい限りです。
コリーナ様が嫁がれる前に社交場と、それから個人的なお茶会をする機会に恵まれて……私たちは手紙のやりとりをする形で、交流を続けています。
そんなある日の昼下がり、お父様が私たちに与えられた執務室にやってきました。
「ロレッタ」
「お父様」
「これから客人が来る。……大体一時間もすれば到着するだろう。お前も同席しなさい」
「はい。わかりました」
「レオン、お前もだ」
「承知いたしました」
私とレオンは、領地のことを学ぶ日々です。
社交の合間に領地に足を運んで、直接見て回り……そして領民たちから話も聞きます。
無論、全てを回れるわけでもなければ、全員の声が聞こえるわけではありません。
それでも、ただ書類だけを見るのではなく、そこで暮らしている人々の暮らしを遠くからでもいいから直接見ておくことが大事だというお父様の方針です。
公爵になれば忙しく、直接出向くことは少なくなるだろうとも仰っていました。
「今日は誰が来るのかしら? レオンは聞いている?」
「いえ。……客人が来るのに同席をさせるのは珍しいですね」
「そうね。お客様がおいでになることは珍しくないけれど、私たちを二人とも呼ぶことなんてこれまでなかったわ」
公爵としてのやりとりの中には、今だ未熟な私やレオンが立ち会うことを許されない話も多いのでしょう。
公爵としてお父様は他の貴族たちの間に立って諍いを仲裁することもあれば、他国の知り合いと連絡をとって次の外交に活かすこと、また王家への取りなしなど難しい案件をこなしておいでです。
派閥の中でであったり、派閥間の争いだったりとまあ……一筋縄ではいかないからこそ、私たちにはまだ荷が重いと判断してのことでしょう。
「午後にお客様がお見えになるのだったら、お茶の仕度などを指示した方がいいのかしら?」
「同席しろとしか言われていない。余計な手出しはしない方がいいだろう」
「……そうね」
「ちょうどこちらの書類も一段落したところだし、休憩して客人に会うために着替えておいた方がいい」
「わかったわ」
今日は出かける予定もなければ、誰かと面会する約束もなかったのでラフなドレスで作業をしていたから、確かに着替えた方がいいのでしょう。
ただお父様からは『客人が来る』としか聞いていないし、同席しろという指示は……つまりお出迎えするような相手ではない、ということなのでしょう。
私は侍女を呼んで客人が来るからと仕度をするために自室へと戻るのでした。
(ああ、三ヶ月。そうか、もしかしてお客様というのは――)
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