第29話 それから一ヶ月が経過して

 それからは、忙しい日々です。

 しかし、概ね公爵家の次期当主としての勉強に励むだけで変わったところはありません。


「お嬢様……じゃない、ロレッタ。少し休憩をしないか」


「ふふ。ええ、そうねレオン」


 レオンはまだ護衛騎士だった頃のクセが抜けず私のことを度々『お嬢様』と呼んでは周囲から矯正される日々です。

 こればかりは慣れもありますね。


「……そういえば、メルカド侯爵家のウーゴ様が修道院に入られることを決めたそうよ」


「へえ、そうか」


 レオンにとって気に入った話題ではないのはわかるけれど、私としては誰かに聞いてほしかったのです。


 私が日常に戻ったということは、当然他の彼らも戻ったということです。

 けれど、ウーゴ様は早々に学園で人々の好奇の眼差しを向けられることで心が折れてしまったらしく……元よりプライドの高い人だとは思っていましたが、やはり脆いところがあったのかもしれません。

 座学は優秀だと聞いていましたので、少々残念な気もいたします。


(奮起して、一から……というのはやはり難しいのね)


 今のところ殿下とアトキンス嬢の話を耳にすることはないので、彼らはきっと元気に頑張っていることでしょう。

 エルマン様に関しては、地方に出立なさったという話は耳にいたしましたが……。


(それにしても、知りたくもないのに話を聞かせてくれる人がいるっていうのは困ったものだけれど)


 次期公爵という立場と、公爵令嬢という立場。

 双方から社交を行う必要のある私には、卒業後からすぐに茶会・夜会にお誘いいただくことがありました。


 あの卒業式からたった一ヶ月という短い期間ですが、貴族としての仕事の一環でもあるため多少の好奇の目も逆に注目されていると逆手に取れるよう、お父様に言われて参加したのです。


 中々難しかったですけれどね!


 社交場では確かに『あの事件の当事者』かつ『被害者』である私に、大勢があの日のことを聞きたがっている様子でした。

 直接的に聞いてくることはないものの、噂は本当なのかと興味津々な様子で……これからお付き合いしていく方を見定めるには、確かに良かったのかもしれません。


(……それにしても暴漢の方はどうなったのかしら)

 

 冤罪事件に関して彼らから謝罪をされていないことは少しだけ気がかりでしたが、陛下のお言葉で無実は証明されたのですしそれ以上しつこく言葉を発することは許されない状況であることは理解しています。


 とはいえ、見知った令嬢が誘拐されるかもしれない……という話を聞いた側としては、それに対して相手の不幸を嘲笑うなどといった気持ちにはなれません。

 私も公爵令嬢という身で誘拐される可能性があるのですから、意味合いは多少違うかもしれませんが……その恐怖を思えば、軽々しく考えることなどできないのです。


 アトキンス男爵家が今後、娘をどうしたいのか……それはわかりませんが、続報がないのは恐ろしいものですね。

 けれど関係の無い家のことだから情報が回っていないだけなのかもしれません。


「何を考えているんだ?」


「……アトキンス嬢が狙われた事件があったでしょう? あれはどうなったのかと思って」


「必要なら調べようか」


「調べていいのかしら」


 そう、これはただの好奇心のようなものです。

 心配する気持ちはありますが、私からそんな感情を向けられてもきっと彼女は喜ばないでしょう。

 喜んだとして、それでこちらに助けを求められても困ります。


 その程度の気持ちで、調べていいのかと思うと少しだけ悶々としてしまうのです。


「知りたいだけならいいんじゃないか。そこから首を突っ込むと言い出さなければ」


「……レオン」


「お人好しなところは公爵として危ういと旦那様も仰っていたが、同時にお前の良いところでもあるからな。あんなの・・・・でも後輩だから、危険から遠ざかっているとわかれば安心できるだろう?」


「ありがとう、レオン」


 巻き添えにされたというわけでもないし、暴漢を仕向けたのは私ではないか……という疑いをかけられたことは今でも不満だけれど。


 私はレオンの言葉に、素直に甘えることにしたのだった。

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