とある遊園地の話

ikai

下手しなければ

 どこに行く?そう、尋ねる声がした。ぼんやりとしていた視界がだんだんとハッキリしていく。焦点を声のする方へと合わせるとそこにはこちらの方を見てとても嬉しそうに笑う仲間の姿があった。仲間達の奥に見えるまあるい観覧車を見て思い至る。

あぁ、遊園地に来ていたんだった。

辺りを見回す。ジェットコースターとコーヒーカップ、メリーゴーランド、その他にもたくさんのテーマのエリアがあるらしい。しかし、ぱっと見ただけでここが普通の遊園地では無いと気づいた。ジェットコースターは途中でレールが切れてて一瞬宙に浮いているし、客はシートベルトをしていない。コーヒーカップは大きな球の中を上下反対になろうとお構いなく360度ぐるぐると回り、メリーゴーランドは最早目で追えないほどに高速で回転し続けている。一瞬目を疑った私は仲間に聞いてみる。

「あのジェットコースター、シートベルトしてないけど大丈夫なのかなぁ」

「え、あー確かにそう言えば?あんまり気にしたことなかったよ!ほら、もし落ちても水張ってあるし大丈夫だよ」

仲間が指を刺した方を見やると確かにジェットコースターの下にはレールに沿う様にずうっと白い四角の箱が続いている。時々水飛沫も上がっており、耳をすませば楽しそうな声が聞こえてきた。

「ほら、ちゃんと着水すれば大丈夫だよ」

「……ちゃんと着水しなかったらどうなるの?」

「ちゃんと着水しなかったら?え~考えたことなかった!まあ、下手しなければ大丈夫だって。失敗した、だなんて聞いたことないし!」

「そっか」

そういえばそうだった。下手しなければ大丈夫なんだった。それに、下手する人なんかほぼいないし。此処にくる人は下手しない人ばかりだから。

「で、どこ行く?やっぱりジェットコースター?」

私が決めかねて周囲を見回していると、

「迷うのは分かるけど道の真ん中で突っ立ってたら捕まりやすいしさ」

確かに、捕まるのはまずい。捕まると此処には居れなくなる。

「うーん、ジェットコースターめっちゃ混んでるし、こっちのアトラクションとか楽しそうじゃ無い?」

私はそう言ってメインストリートの奥にある建物を指差す。その建物にはジェットコースターまでとはいかなくても外に人が少しはみ出すくらいには並んでいた。

室内なら万一の事があっても下手しないだろうし。そう、静かに心の中で呟く。

「お、いいね!3人乗りだから2つに分かれる事になるかなぁ」

「乗ったことあるの?」

「何回かは。奥にあるエリアもお気に入りでさ!」

「へぇ、じゃあ行こうか」

これ以上此処で立ち話をしていると見つかりそうな気がして仲間をせっつき、列に並んだ。


 アトラクションに入るとくねくねとした道が続き、なかなか乗り場に辿り着かない。他の仲間たちは楽しそうに談笑しながら列を進んでゆく。道は右へ左へと曲がりながら下へと降りてゆく。気持ち電気が暗くなってきたか、と思っていると、ついに乗り場にたどり着いた。3人乗りのお椀の様な形の乗り物が奥から現れる。スタッフと思わしき女性は"笑顔"という有名な芸術家が作ったというお面をしている。その女性に誘導され、私と仲間は3人づつで乗り物に乗り込む。乗り物は順調に進んでゆく。しかし、一つ誤算があった。どうやらこの乗り物、室内型のジェットコースターだったらしい。右へ左へと急カーブが続き、さらに乗り物自体もぐるぐると回る物だから下手をしないか少し心配になった。更にいけない事に、分かれ道があった。乗り物は交互に右のルート、左のルートと進んでゆく、違う乗り物に乗った3人と離れ離れになる事にまた不安を覚えながら、私の乗った乗り物は右のルートへと進む。カーテンを抜けると、私と仲間は垂直に落下した。なんと、右のルートはカーテンを抜けた先が滝になっていたのだ。90度に傾く乗り物にシートベルトも着けていない状態で乗っていられる訳もなく私と2人の仲間は滝の底へ真っ逆さまに落ちていく。普通なら怯えてしまう程の高さを落ちていくが、私の身体はとても冷静で、下の水面に綺麗に着水する。落ちていく途中で左のルートに行った3人の歓声も聞こえてきたからどうやら向こうのルートも同じ様な物だったらしい。そういえばアトラクションの出口から出てきている人がやけに少なかったなぁと、今更な事が頭の中に浮かんできた。

「おーい、大丈夫~?」

先に上がった仲間の声が聞こえてくる。私も滝壺とそれに付随した池からじゃばじゃばと音を立てて上がる。

「ここ知ってる?」

さっき何度か乗った事があると言っていた仲間に聞いてみる。

「いや、右のルート初めてでさ、来たこと無いんだよね~」

「…どうしよう」

そう、話していると。

「こっちに道あるよー」

そう言って、もう一人の仲間が指を差した先には曲がりくねったトンネルが続いていた。


 私と仲間は3人でトンネルを進んでゆく。トンネルには水性生物の生態の説明文章や、写真などが飾ってある。どうやらギャラリーの様な物らしい。やっぱりここで離脱する想定なんだな、なんて、思いながら仲間2人と先に進んでゆく。青白い光に照らされている曲がりくねったトンネルを抜けると広場に出た。中央の広場を囲む様に楕円形に二階建てのショッピングモールが並んでいるいるエリアで、おかしな事にそのショッピングモールには入り口と思しきドアはなく、その代わりに空間に縦横無尽にジャングルジムが張り巡らされていた。どうやらジャングルジムを通じて他のエリアと繋がっている様である。ジャングルジムと言っても板張りの吊り橋やプラスチックでできたトンネル、滑り台、網製の梯子など、さながらアスレチックの城の様であった。アスレチックでは私と仲間達より幾分か背丈の低い子供達が楽しそうに遊んでおり、ショッピングモールではその親と思わしき人達が買い物をしていたり、ベンチに腰掛けて休んでいたりした。子供達の歓声に包まれている空間と満員のベンチからここが人気スポットである事が伺えよう。私の仲間の2人もこの雰囲気に当てられたようで私が周囲の観察をしている間に2人揃ってアスレチックの方へと駆け出して行ってしまった。所謂迷子というやつになってしまったのかも知れないが、先程仲間の3人と別れた時も、まぁ、大丈夫でしょ!ぐらいのテンションだったし、下手をしなけれは問題はないと思い、私もアスレチックの方へと向かう。アスレチックを登って降りて、登って降りてを繰り返す。なかなか広いアスレチックの様で壁を越えても同じ様な構造のショッピングモールがあり、それが3つほど続いていた。初めのモールも合わせると4つのショッピングモールが横に続いていた事になる。どこのモールも大盛況で座る椅子が無いほどであった。私がアスレチックの中に座り込んで休憩していると遊んでいた子供が話しかけてきた。

「お姉さん、ここ初めて?」

「うん、柄にもなくはしゃいで疲れちゃったんだ。」

「そっか~楽しいよね!」

「君は休憩しないの?お母さんは?」

「お母さん?あーどこにいるんだろうね、でも下手をしなければ迷子にはならないから大丈夫だよ!」

「…そっか。迷子怖く無いんだ。…なんで君はここで遊んでるの?」

「楽しいから?心配しなくても迷子なんてなるもんじゃないよ!僕らは遊ぶので忙しいの!」

そう言ってその子供は楽しそうに他のアスレチックの方へと走って行った。

「そういえば、みんなどこに行ったんだろう。暫く遊んでて忘れてたけど」

そう呟き、辺りを見回すが、仲間達の影は見えない。

「どこ行ったんだろう?違うエリアに行ったかな」

エリア地図を見ると、どうやら今いるショッピングモールの2階から滑り台を降りると繁華街のエリアに行くらしい。私はそこに仲間がいるかもしれないと思い、滑り台を降りることにした。滑り台はとてもとても長く、遥か下の方まで続いていた。しかし、滑り台の左右のガードはとても低く、すぐに落ちてしまいそうだ。意を決して勢い良く滑り落ちる。やはり、ズルッと滑り台から落下してしまうが、滑り台の下はトランポリンの階段になっていた。一段一段のトランポリンはとても大きく、ポーンと高く跳ねて着地する。一度周囲を見回すと、トランポリンと壁の間には隙間があり、底は見えない暗闇へと続いていた。また、トランポリンと落ちてきた滑り台の右側はまるでサッカーのスタジアムの客席の様な階段状の休憩場所になっていて、多くの人が下までトランポリンで降りる途中の休憩を挟んでいた。軽食を摘んでいる人、友人や連れと喋っている人など様々だが、1人、不思議な雰囲気の人物が目に止まる。一般的な白のワイシャツに黒のズボン、煙草をふわりとふかしている男。しかし、他の人と決定的に異なることとしてトランポリンの下、暗闇の底をじっと眺めているのだ。私はこの人なら何かを知っているのではないかという、最早一種の焦燥感にも似た気持ちを抱き、階段状の休憩場所の1番上でフェンスにもたれ掛かっている彼に近づく。

「あの……」

「どうしたの?楽しまなくていいの?」

「あ、…聞きたい事があって」

「なんだい?」

「もし、下手をして、あそこに落ちたらどうなるんですか?」

そう言ってトランポリンの下の暗闇を指差す。すると彼は少し驚いた様な顔をした後、ため息をついて、話し出した。

「さぁ、誰も知らないさ」

「……」

「でも一つ、確かなことがあるんだ」

「何ですか?」

「あそこに落ちた人は帰ってこないし、帰ってこれない。他の所で下手をした人もね、あの暗闇に落ちるそうだよ」

「でも、下手をする人なんて、居ませんもんね」

「……そうだね。知られなければいないも同然さ」

「それって、どういう……」

ぐらりと視界が揺れた。頭に強い衝撃が走る。

「……こういうことさ、お嬢さん」

こちらに向き直った男はいつの間にか吸っていた煙草を床に落としていた。刹那、鈍く光る何かで頭を殴られる。崩れ落ちた私をその男は静かに見下ろすと、フェンスと床の隙間から私を休憩場所と壁の間に広がるあの、暗闇へと蹴り落とす。


「え……」

茫然としながら暗闇に落ちてゆく私に彼は言った。


下手をしたら"死ぬんだよ"


その言葉を聞いて私はようやく自分が下手をした事を悟ると、ふっと頬を緩めた。……私はきっと良い微笑を浮かべていたことだろう。



彼は女を殴ったハンマーをさっき女が落ちて行った暗闇の中へと放り投げる。はぁ、と溜息を一つついた後、煙草に火をつけた。フェンスにもたれてふわりと煙をふかしていると、ふと、彼女の最期の微笑が頭をよぎる。


「知らない方が幸せなんだよ」


静かに歩き出した彼は

周囲に呑まれない察しがいい奴って1番嫌い。

そう、呟いて頭を掻いた。


小さな赤い染みの上で今日も楽しそうな人々の声が遊園地に響いている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る