第12話 ロディ、ナコリナに呼び出される

 エマは冒険者ギルドで冒険者登録をおこなった。

受付のリーセはロディの妹ということで喜んで対応してくれた。

 エマは『すごい美人…』とつぶやき、ロディをジト目で見る。なんだか濡れ衣を着せられているようだが、ロディは言っても無駄だと思って沈黙していた。

 が、エマは親切に対応してくれたリーセとすぐに仲良くなり、帰るころにはとてもご機嫌になっていた。


「歳が近い女性パーティを紹介してくれるって。ちょっと心配だったんだけど、リーセさんのおかげで安心して活動できそう。」


 エマが嬉しそうに話す。

 リーセさんには頭が上がらないな、とロディはリーセに感謝するのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 それからしばらく経ち、夏を前にしたある日。

 ロディは仕事中に呼び出しを受けた。


「おーいロディ。カワイイ子がお前を呼んでるぞ。受付前にいる。」

「はい、わかりました。」

(僕に来客?カワイイ子って誰だろう。)


手早く仕事にキリを付けていくと、そこには、


「やほー、ロディ。元気してた?」

「ナコリナだったのか。」


 魔法陣製作士の講習を一緒に受けたナコリナが手を振って近づいてきた。ナコリナならカワイイ子で正解だ。

 あの時は私服っぽかったけど、今は魔法師らしく杖を持ち、動きやすそうな冒険者服の上からローブを羽織っている。聞いてはいたけど、その恰好から「魔法師」なんだなと初めて実感できた。


「どうしたの、僕に用事って聞いたけど」

「忘れたの?話があるって言ったでしょ。」

「あ、そういえば・・・」


 あの時は逃げるのに精いっぱいではっきり覚えていないけど、彼女がそう言っていた記憶がうっすらある。


「で、その話って?」

「うん、魔法陣の事なんだけど、一緒にインクの素材を集めに行かないかな、と思って」

「素材集めか。」


 一般に魔法陣インクは道具屋などで売られている。しかし万が一の為に魔法陣製作士はインクを作れるようになっておきたい。それに魔法陣製作士の実技試験で「インクの作製」が出た事もあるらしい。なので魔法陣インクを自作するのは魔法陣製作士を目指すものにとって必須でやっておくべきだ。そしてインクを作るには素材が必要だ。ナコリナの話、断る理由が無いようだ。


「わかった、その話に乗るよ。」


ロディは二つ返事で受けた。


「本当?やったあ。じゃあさ、出来るだけ早く、細かい話を詰めたいんだけど。」

「うん、今仕事中だから、昼休みでもいいかな?」

「わかったわ、ここの食堂でお昼を食べながら話しようね。」


 彼女はローブをひらめかせながらギルド出口へ向かう途中、振り返って手を振ってきた。

 ロディも手を振って彼女を見送る。


「さてと、・・・ぅえ!?」


 仕事に戻ろうと振り返ったロディは、自分が注目されていることに初めて気が付いた。ちらほらといる男性冒険者は、なんだか怨念が込められた視線を向けてくる。


「・・・なにか用ですか?」


 ロディが問うと、視線はいっせいにロディを離れた。しかしギルド内は通常とは異なる雰囲気に満ちている。


(何なんだ一体?)


 足早に仕事に戻っていくロディ。彼の耳には、『リア充、許すまじ』『モゲろォォォォォォォォォ』といううめき声は聞こえなかった。



 昼に食堂に向かうと、ナコリナはすでに待っていた。


「ごめん、待った?」

「そんなに待ってないよ。でもお腹すいちゃったからすぐ料理を注文しようよ。」


 二人でカウンターに並び料理を注文して料理を受け取る。テーブルに座って料理を食べながら、素材採取の話を始める。


「それで、今回はどの素材を採取しようと考えてるの?」

「インクレチアを集めようと思ってる。」


 インクレチアは、別名インク草と呼ばれている、きれいな水辺に生息している黒い花を咲かせる植物だ。この花びらが魔法陣インクの材料となる。


「そのほかの材料も考えたんだけど、アオイロスズメバチの毒液はハチを退治するときに大量に採取できるので、結構安価で売られているわ。それに私は虫は苦手なのよね。」

「そうだね、手に入りやすいなら無理に取りに行かなくてもいいか。」

「ユキゴケは今の季節は採取できないわ。それに使うのは少量だから、高くてもそれほど問題じゃないと思うの。ほかの材料は簡単に手に入るものばかりだから、採取するのはインク草一択ね。」

「まあそうなるか。」


 インク草は清らかな水辺にしか咲かず、しかも森の浅いところは取りつくしたためか少し森の奥に行かないと採取できなくなっている。しかもインク草の花びらは結構な量を用意しなければならないため買うとしたらかなりの出費になるだろう。そういうわけで、ほぼ必然的にインク草の採取に決まった。


「でもインク草の咲いている所の情報は知らないけど。」


ロディの言葉にナコリナは得意げに反応した。


「ふっふーん、実は私、いい情報を持ってるの。」

「情報?」


ナコリナは顔を近づけて声を潜めて言った。


「私、インク草の群生地を知ってるんだ。」

「ほ、本当?」

「しっ、声が大きい。」

「ご、ごめん。」


 インク草の需要は高く、採取したらいい値段になる。そのため生息地は秘匿されることが多い。ギルドにも情報はあるが、冒険者たちの情報に比べたらほんの一部だろう。


「以前別パーティと依頼の為に森に行った時に偶然見つけたのよ。見つけたのは私だけだからそのパーティの人も知らないわ。」

「でもいいのか?場所の情報を僕に教えても。」

「そこは森の少し奥だからソロで行くにはちょっと危ないかなって場所なの。だから誰か一緒に行ってくれる人を見つけなきゃいけないと思ってて。で、ロディってDランクで、しかも前衛でしょ。私は魔法師だからバランスが良いのよ。それに同じ魔法陣製作士を目指すんだから、場所を知っても誰にも言わないだろうと思って。」

「なるほど。」


 ナコリナの話にロディは納得する。森の奥は一人では何かあったときには危険だし、パートナーにロディを選んだ理由も合理的だ。


「けど、他にも人が必要だね。あてはあるの?」

「それが困ったことに、私の知り合いの冒険者のめぼしい人は依頼とかで今捕まらないのよ。花の咲く時期は今しかないから、待つのは難しいし。」


 ナコリナは少し落ち込んだ声で言った。


「それで相談なんだけど、ロディの知り合いで心当たりはない?信頼出来て口が堅そうなひと。クエストということで私から依頼料も当然出すわ。」

「うーん、そうだなあ」


 ロディは考える。

 ぱっと思いついたのはアーノルドさん。しかし彼は実力は問題ないが、ギルドの教官という役柄上クエストを受けることは無いだろう。

 ギルド職員で常時冒険者しているわけでは無いため、他のパーティは深い付き合いが無く、信用という意味では自信が無い。どうするかな・・・


(そうだ!)


ロディは一つ心当たりを思いついた。


「Eランクだけどちょっと心当たりがある。そのクエストのことを話してみるよ。」

「本当!数人パーティなら大丈夫だからEランクでもOKだよ。ぜひお願いするわ。」

「じゃあこの話をしてみる。だけど会ったときに気に入らないようだったら断ってもいいから。」

「大丈夫。ロディの紹介だから信用するよ。」

(あまり買いかぶられても困るんだけど・・。)


 ロディは苦笑しながら、昼休みの残りの間、ナコリナとの会話を楽しむのだった。

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