第11話 秋田の昔話“マサカリ石”
「よし、今回はテンポ良く行くよ!」
巨大化する整理券もとい、報告書を受け取って席に着いた男性が、モトクマに言った。
「さすがに前の電車では時間使いすぎたもんね?」
モトクマは尻尾から石を取り出して、窓辺にある小さいテーブルへ置いた。
電車はまだ、動く気配がない。
男性は外の景色を映している窓を眺めた。
「この世界は面白いな。電車の窓を見てると絵が目に入ってくるなんて。」
「人間界にはこういうの無いの?」
「最近は海外の電車や都会には、ガラスのディスプレイが出てきたけど、田舎のローカル線では見られないね。」
そう言って外の黄金色に光る謎植物を見つめる男性は、ふいに去年の秋の事を思い出した。
「いや、ローカル線でも窓から物語の世界に入れる時期があったなー。」
「え、なにそれ初耳!」
興味津々で顔をほぼゼロ距離まで近づけてくるモトクマ。
それを男性は傷つけないように、そーっと押しのけた。
「田んぼアートってのが秋に見頃を迎えるんだよ。品種の違う稲を春に植えておいて、成長した秋頃に見ると絵になっているんだ。ユメノ鉄道や都会のディスプレイほどのすごい技術では無いんだけど、地元民の手間と愛情がたっぷり注がれた絵なんだ。」
「へぇー、なんかステキだね?見てみたいなー。」
モトクマは窓辺にほおづえをついて、頭の中の田んぼアートを眺めた。
プシュー!
ほのぼのまったりトークを楽しんでいた二人だったが、電車のドアが閉まる音が聞こえた途端にハッと我に帰った。
と言うより、二人の気が少し引き締まった。
「兄ちゃん、次の昔話が始まるよ!」
「オッケー。次はテンポ良く行くからな?」
「了解しました兄ちゃん!では、いざ!秋田の昔話“マサカリ石”の世界へ~!」
モトクマの号令と共に、男性は窓を触った。
すると男性の巨体は浮き上がり、あっという間に窓ガラスへと吸い込まれていってしまった。
ドサッ!!
「いってて。」
二人は晴れた日の山道に放り出された。
腰を押さえながら男性は、辺りを見回した。
すると道の向こうから、誰かが来るのが見える。
「やべ、隠れるぞ!」
男性はモトクマを引っ張って、近くの茂みに隠れた。
前回の失敗から、むやみに絡んで話を変えるべきでは無い事を学んだのだ。
まずはどんな昔話なのか、少し様子を見たほうがいいだろう。
「おばさん、おはようございまーす!」
「あらま、おはよう!今日もきれいでげんきね。その若さ分けて欲しいわ!」
「いえいえ、おばさん程ではないですわ。」
「あらま、嬉しい事言ってくれるじゃない。うちの畑のほうれん草持って行きなさいな。」
「おばさんありがとう!」
道を歩く若い女性と、畑で作業する中年の女性が会話をしている。
その会話を聞いて、畑にいる中年の男性も声をかけてきた。
「立派なお嬢さんになったな。どうだ?うちん所に嫁に来ないか?」
「おや、あんた。ウチの子供達はみんなもう、嫁さん貰ってるでしょ?」
「俺の嫁っこにもらうんだ。」
ゴツン!!
奥さんのげんこつの音が辺りに響き渡った。
さすが昔話の世界だ。
たんこぶがマンガのように膨れ上がっている。
「ごめんね?この人の言う事は気にしないでおくれ。親父ギャグってやつさ。」
「え、兄ちゃん。あれって親父ギャグって言うの?(小声)」
モトクマが男性に確認した。
「いや、親父ギャグと言うより、どちらかと言うと夫婦漫才かな?(小声)…お?こっち来た!」
「ごめんねおじさん。私彼氏いるからー。」
女性は畑の夫婦にあいさつを済ませると、モトクマ達のすぐ横を通り過ぎて行った。
「あの人がこの話の主人公?」
「ん~。主人公って言うより、ヒロインかな?」
「そっか、そうだよなぁ。この話“マサカリ石”って題名だもんな。金太郎的な話なのか?」
熊の姿をしている男性は、自分の様なキャラが出てくるのではないかと、少しワクワクした。
「金太郎?あぁ、動物と仲良しの力持ちさんの話ね?全然違うよw」
モトクマは茂みから少し頭を出し、遠くを歩く女性の方を指さした。
「あそこにいるのが今回の主人公だよ。」
男性も茂みからそちらを覗いてみる。
女性以外誰も…いな…い。
「ん?」
いや、いた。
女性の後ろ方向の茂みがザワザワ揺れているかと思ったら、一人の男がコソコソと尾行し始めた。
実に怪しい動きである。
あまり他人の事は言えないが、なんと言うか、これではまるで…。
「あいつ、ストーカーじゃね?」
「兄ちゃん大正解!この昔話の主人公はストーカーなのw」
「は?なにそれ。…ってか、これ、題名“マサカリ石”だよね?え、やだ、怖いんですけど?」
男性は自分の両ひじを抱えた。
すると急に空が早送りの様になり、辺りは真っ暗な夜になった。
「え、モトクマ。この後どうなるの?」
モトクマはゆっくりと振り返り、ニヤリと笑った。
「さあ、どうなるのかな?自分の目で確かめるといいよ。」
月明かりに照らされたモトクマが、ひゃっひゃっひゃと笑う。
男性は若干腹が立っていたが、再現度が高いこの空間の雰囲気に圧倒され、いつもの調子は出なかった。
「わ、分かったよ。いこーじゃなぁあいかぁあ!」
イントネーションがおかしい男性と、いじわるしたくてたまらないモトクマは、女性が行った方向へと足を進めた。
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