第6話 秋田の昔話“駒爪石”
ドサッ!!
男性は草原に放り出された。
「うそでしょ、何これ。」
ズレたメガネを直しながら、男性は辺りを見回した。
空中に窓サイズのゲートが浮いている。
ゲートの向こう側には、さっきまでいた車内が見える。
「これじゃ、3Dって言うよりVRって感じだな。」
「ここは神様のパワーで出来ている、仮想空間だよ。」
「なんかゲームみたいだな。」
「戻りたくなったらその窓から戻れるよ。あと、電車が停車して神様のパワーがなくなったら、自動的に電車内まで強制退場するよ。」
「じゃあ、この空間を探索した後、わざわざここまで戻って来なくてもいいのか。」
「いいけど、報告書書く時間がないよ?停車したら僕ら降りて、乗り継ぎしなきゃいけないもの。」
「そっか、分かった。時間厳守だな。」
そう言って男性は、宙に浮く窓の裏側が気になったので、窓の下をくぐろうとした。
だが、なかなかくぐれない。
四つの足が動いているのに進まない。
まるで、ゲームキャラが壁に向かって走っているが進まない状況に似ている。
「地面にランニングマシーンでも埋め込まれているのか?」
「そっちは空間のはしっこだから行けないよ?なんか、一つの窓空間に使えるデータ容量が決まっているから、簡単にどこまでも再現できるわけじゃないんだってー。」
「やっぱ、ゲームみたいだな。」
男性は向きを変え、窓とは反対の方向を目指した。
「モトクマはこの昔話の事、どれぐらい知っているんだ?」
「一応、七不思議石の話は大体把握してるよ。生きてた頃は近くの山に住んでたし。話の内容知ったのはこの仕事始めてからだけど。」
「ん?モトクマはこれの報告書書いた事あるの?」
「無いよ、初めてだね。前に、挑戦した動物が書いた報告書を見せてもらった事が何度かあるから、内容は知っているんだ。」
「え、ちょっと待って。この話って、もうすでに解読済なの?てか、内容ほとんど知ってんの?」
想定外だ。
人間の生活を適当に解説し、モトクマを満足させて成仏させようと思ったのに。
すでに知っているとは…。
「てか、今思ったんだけど、同じ昔話の報告書を提出して大丈夫なの?前の動物がどんな報告したかは知らないけどさ、“解読の内容かぶったりしたら報酬にならない”とか無いの?」
「え?頑張って書いてお金もらえない事?流石にそれは無いよw」
「あははー、そうだよねー。神様の仕事の一部をしているんだから。それは無いよねー。」
「報酬が2円に下がるだけだよw」
「ぬぃえん!?」
「ウソ、冗談♪
心配しないで!その場合は乗車運賃も払えないから、元の駅に戻されるだけだし!」
「オー、イェー……。」
男性は力無く答えた。
ダメだ。
完全に、願いのかけら石の選択をミスった。
知名度が低いとは言え、何世代にも語り継がれてきた“昔話”だ。
きっと、このユメノ鉄道創業当時からある、最も古い願いのはず。
何度も解読されまくっているであろう、この話から、新たな“人間の祈り・願い・夢”などを汲み取らなければならない。
しかも、この人間オタクが満足するような…。
「はあ……。」
七不思議石がこんなに難易度の高いクエストだったとは…。
落ち込む男性を見て、モトクマは慌てて励まそうとする。
「だ、大丈夫だよきっと!今まで七不思議石を解読してきたのは動物達だもの!人間の兄ちゃん視点で見れば、新たな発見をする事ができるよきっと!」
モトクマはスッと、男性の左手をとって、顔のあたりまで上げた。
「それに、まだ死ぬわけにはいかないんでしょ?」
男性はハッとし、薬指を見つめる。
「そうだった。例え難しくても、戻れる可能性が少しでもあるなら、やらないわけにはいかないんだよ!」
男性はモトクマの小さな手を優しく握った。
「ありがとうモトクマ。」
二人を優しく包むように、花びらを巻き込みながら春の風が吹いた。
「よし、じゃあ、さっさと終わらせて帰るぞ?」
「了解しました兄ちゃん!」
二人は繋いだ手をそのまま下にさげ、二人だけの円陣を組んだ。
「よし!絶対に人間に戻って、人間界に帰ってやるぞー!」
『オーーー!!』
『オーーー!!』
二人はお腹の底から声を出して気合いを入れた。
二人の声と気持ちは重なり、心は一つになった。
かなり気持ちもこもっていたため、人間語の掛け声と共に、熊の鳴き声も混じったその声は、2倍以上となって辺りになり響く。
その結果……。
「きゃー!?何事?」
「熊だ!熊がいる!」
「俺たち襲われるかも!?」
「逃げろー!」
近くにいた馬達が、パニックを起こし柵を壊して脱走した。
「こら、馬達ー!どこさ行くー!これだば品評会さ間に合わねくなるべや!あぁ…綱、綱。」
馬の飼い主らしき人間が、馬に取り付ける綱を探しに、小屋へ入って行った。
「ねぇ、モトクマ。この駒爪石ってどんなお話?」
遠くから様子を見ながら、男性が聞く。
「えっとねー。」
モトクマは少し上を見上げながら、語り出した。
“昔々、村に喜三郎(きさぶろう)という人が住んでいました。
喜三郎は村人に馬を飼育させ、広場で品評会を開きました。
そこで、元気な一頭が飛び回り、大きな石にひづめの跡が残りました。
この石の横に観音様をまつると、元気な馬が沢山産まれたのでした。”
「お話の“元気な馬”って、まさか今逃げた馬の中のどれかか?」
男性は前を向いたまま、モトクマに聞いた。
「僕達が降り立った場所から一番近いお家の馬だから、たぶんそうだろうね?」
「逃げた馬が集まらないと、昔話の本編が始まらない…なんて事ある?」
「あり得るね。」
「昔話の本編見ないで適当に報告書書くのってあり?」
「無しだね。お話のプレイ時間や進み具合は、記録としてデータに残るんだ。具体的には決まってないけど、話の8割ぐらい見ないと真面目にやってないって社員に判断されちゃう。」
「じゃあ、次の駅にはあとどれぐらいで着く?」
「えーっとねー。たぶん、あと5分くらいかな?」
……。
「やばくない?」
男性は口をにっこりして言ったが、目は笑っていない。
「やばいね。」
ダダダダダダダダダダ!!
2人は猛ダッシュで、馬の飼い主の元へ急いだ。
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