5

「怪物は多分この先だろうね」


 地下1階に繋がる階段。


 ここを降りれば、あの牢獄にたどり着く。


 今日のニュースでは死者はまだ出ていない。


「今回はお前も戦うんだな?」


 昨日は案内だけして帰ったシンパンに京介が確認をする。


「慎二君だけじゃあ、どうなるか分からないしね。それに、力無い人達に死なれたら嫌だしね」


 世界から力を与えられたのは俺1人。


 京介は資格はあるもののまだ与えられていない。


 美妃先輩は条件が揃えば候補に、真珠さんについては分からない。


「………お前友達いないだろ?」


「いたことないね」


 シンパンの棘のある言葉に、嫌味で返す京介だが、ひらりと躱される。


「ところで慎二君。力の使い方理解してる?」


 その問いに俺は首を横に振る。


 世界から与えられた力について、俺は何も理解していない。


 どういった力なのか、発動条件はなんなのか、知らない。


 俺が知っていることといえば、


「力の名前以外は何も知らない」


「だよね。正義、11番目の紋章クラウン。それしか知らないよね」


 11番目の紋章——正義。それが俺の力。


「どういう力なのか、教えてくれないか?」


 本当だったら別世界東京駅に来る前に、力の把握をしとくのが当然なんだろう。しかし、この場所に来る方が優先だと行動に出ていた。


「君の力なんだけど、正直僕にも分からない。どんな力なんだろうね?」


 空いた口が塞がらないとはこのことだ。


 シンパンなら知っていると思っていたのだが。


「何1つも分からないのか? 近距離なのか遠距離なのか。主戦力になるのか、サポートに徹した力なのかも?」


「うん、何も知らないよ。人の力なんて他人が分かるわけないじゃない」


 じゃあ、ぶっつけ本番で確かめるしかないのか。力次第では、前線に立ったらヤられる可能性もあり得るということか。


 自分の立ち回りについて考えていると、


「さっきの言葉に1つだけ訂正を入れるとすると、与えられた力に『サポートに徹する力』なんてものは無い。全てが主戦力。力を十全に使えたなら、1人であの怪物を倒すのなんてわけないんだ」


「そう、か」


 そう言われてもどんな力なのか分からない限り、表立って戦うのは危険な気がする。


「だから、今回は僕が最初に仕掛けるよ。力の使い方——つまり発動の仕方を教えてあげる」


 発動の仕方は皆一緒だからね、と言い、先頭を歩き出す。


「ほら、そろそろ地下1階だよ。多分、今回は待ち伏せなんかしてないんじゃあ無いかな」


 地下1階に着き、牢獄に向かう。


 その間に怪物は姿を表す事なかった。シンパンの言う通り、アイツは、


「ほら、やっぱり」


 あの薄気味悪い笑みを浮かべ、牢獄の中央に陣をとり、只々俺達が来るのを待っていた。


「gdkぢfjksbぢdhふぉfんっdlsbsdldbfdk!」


 目が合うと、《歓喜の叫び》を上げる。


「うるせぇ」


 京介は叫びに対して文句を言い、美妃先輩と真珠さんも耳を塞ぐ。


 彼らに奴の言葉は通じない。


 通じているのは、俺と———シンパンのみ。


 証拠に、


「『罪人達よ、今度こそ逃がさない』だってさ。僕達に出会えて嬉しがってるんだね」


 アイツの言葉を翻訳している。


「hjgygdyjhっk「ああ、御宅はもういいよ。紋章クラウンNo.9隠者」


 怪物の言葉を遮り、シンパンが自身の持つ力を発動させる。


「安心してよ、本気で戦ったりしないからさ。今回の主役は正義慎二君。僕はちょっと手助けするだけだから」


 掌を相手に向けるように前に出す。


 シンパンの右手の甲にはランタン、左手の甲には棒——いや杖が浮かび上がり、輝き出す。


 眩い輝きは次第に収まり、そして——何も変化は起こらなかった。


 これが力なのか?


 それとも不発したのか?


 俺達の目にはただ輝き出しただけで終わった、シンパンの力。


 を含めた全員が困惑していた。


「………シンパン、これが力なのか?」


「うん? うん、そうだよ。ちゃんと#紋章__クラウン__#も浮かび上がっているしね」


「でも、何も起こって」


「本当に何も起こってないかな?」


 何か変わったことなんて。


 周囲を見渡しても何も変化はない。もしこれが世界から与えられた力なのなら、拍子抜けもいいところ。


「何も………ん?」


 俺の視線の先には怪物がいるが、何故コイツも周囲を警戒しているんだ?


 その疑問は怪物の言葉で理解した。


「ひうghkdbdkfjldlしhxbdj!(何処へ消えやがった、罪人どめ!)」


 アイツ、俺達が見えてないのか⁉︎


「慎二君はアイツの言葉が通じるから分かっただろうけど、他が分かってないようだから話してあげる」


 何処へ逃げた、と叫ぶ怪物を前にして悠々と説明をする。


「僕の力——紋章クラウンNo.9隠者は、変幻自在の能力。対象に向けて発動すると、自身と周囲の人が認識できなくなる」


「見えなくなるってことか?」


 目の前で起きている事と説明で分かった事を述べる京介だが、シンパンは首を振った。


「違うよ、京介。見えなくなっているんじゃあなくて、が出来なくなるんだ。つまり」


 つまり、


「視覚だけじゃなく、音や匂いを認識する聴覚や嗅覚、もしかして触覚なんかも認識されなくなるのか?」


「慎二君、正解!」


 シンパンは京介のポケットから石を取り出し、俺達から5メートルぐらい離れて、投げる。


「っ! gdkdhdkjっっkっっj!『隠れてないで出ていきたらどうだ!』」


 石が当たった感覚はあったのだろう。


 シンパンが石を投げた場所に向けて、体当たりをする怪物。しかし、そこにはもうシンパンはいない。


「このように自分から離れたものには効果はなく、相手にも認識されてしまう。これが僕の力」


 紋章クラウンNo.9隠者の変幻自在の力。


 シンパン1人で怪物を倒せるんじゃないか?


「じゃあ、ナイフとかで斬りつけた場合はどうなるの? 離れた物は認識されるんでしょ? 離れないような物で斬ったり殴ったりしたら」


「ふふふ、そうだよ。美妃さんは、京介よりやっぱり頭いいね! 斬られたことにすら気付かない。いつの間に斬られてたんだって思うだろうね」


 なんで俺を引き合いに出すんだ、と引き攣った笑みを浮かべる京介。


 シンパンは何故京介に対して冷たい。


「でもね、弱点があるんだ」


「弱点?」


「そう。いわゆる第6感——には、この認識が通じない。5感で認識出来ないものを認識するのが勘だからなのかな?」


 分からないけど、と最後に付け足すシンパン。


 勘の鈍い奴ならシンパンの餌食になるわけか。


 話を聞いていて疑問に思ったことを俺も訊く。


「俺達と会った時もそれを使っていたのか?」


 俺と京介がシンパンに初めて会った時、通行人はシンパンを認識していなかった。


 これも能力か何かなのか。


「それは違うね。それは『世界』からの手助けって言えばいいのかな? まあ、力とは関係ないかな………とまあ、質問はここまで。次は慎二君の番だよ」


 シンパンは俺の手助けしかしないと公言していた。


 つまり、怪物を倒すのは俺。


 緊張なのか、恐怖なのか分からないが、手汗が滲んでくる。


「すぅー、ふぅー」


 俺1人で戦うわけじゃない。京介や美妃先輩、シンパンだっているんだ。


 心を落ち着かせるための深呼吸。


「すぅー、ふぅー」


 緊張、恐怖、雑念なんかは全て捨てろ。正しく状況を把握し、正しい行動に出ろ。


 頭の中をクリアにするための深呼吸。


「すぅー、ふぅー」


 捕まっている全員を助けるために、正義を成すために来たんだろう? なら、やるしか無いんだ。


 目的を思いだすための深呼吸。


 ………


 ……


 …


「成すぞ、紋章クラウンNo.11正義」

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