第8話 狸の妖怪
翌日。
僕は欠伸をしながらふらふらと登校した。
朝日が眩しくて辛い。
枯葉舞う通りを歩いて行くと、後ろから肩を叩かれた。
「紫音、おはよう」
「あぁ、臨、おはよ……」
答えながら、僕は大きく欠伸をする。
僕たちの本業は高校生だ。
平日は毎日学校に行く。
臨は時々仕事で休むが僕はちゃんと毎日学校に通っている。
なので例の丘に調査へ行くのは週末、と言う事になった。
臨は仕事がとか不満たらたらだったが、ンなこと知るか、と言って説き伏せた。仕事なら僕もある。
週末より平日の方が、仕事が入りやすい。
僕に仕事をあっせんするのは精神科医である真梨香さんだ。彼女が診察して記憶を消さないと生活に支障が出る、と判断した場合のみ、僕が呼ばれる。
だから平日の午後か土曜日に呼び出される事が多かった。
そして今週の木金は、球技大会がある。
僕と臨はバスケに出る予定になっていた。だから今週は予定がいろいろと詰まっているから平日に動きたいとは思えなかった。
「例の丘に今日行けたらよかったのに。ほんと残念だなあ」
「知るかよ。僕はいつはいるかわかんねえ仕事があんの。だから嫌だって言っただろ?」
「週末は雑誌の撮影があるんだよね」
「僕はいつ仕事が入るのかわかんねーの」
「よくそんな仕事を続けていられるよね。俺には分かんないよ」
「僕にはお前がモデルなんてやってんのが信じらんねーよ」
そんな軽口を叩きあいながら、僕たちは学校へと向かった。
私立翠明学園。
中高六年一貫校である、キリスト教系の学校だ。
だから毎朝礼拝がある。
僕と臨はクラスが違う。
医学部をめざす僕は理系クラスだが、臨は文系のクラスだ。
廊下で臨と別れ、僕は理系クラス――F組の教室へと入る。
クラスメイトに適当に挨拶し、僕はリュックを机の横に掛け、椅子に腰かけた。
そして、机に突っ伏す。
ここ最近、吸い上げた記憶はすでにほぼ忘れている。
でも猫の画像は見られないでいた。
どうしても猫の生首を思い出してしまい吐き気を覚える。
まったく、猫殺しの犯人まじ許せねえ。
「おーい、紫音、おっはよー」
頭上から声が降ってきて、僕は顔をゆっくりとあげた。
僕の前の席である拓が、椅子に座りこちらに振り返った。
「なあ聞いた? 大学病院で猫の首が見つかったって話」
「うるさい聞きたくない。そんなことやるやつは鬼か悪魔に決まってる」
言いながら僕は耳に両手を当てると、拓は笑ったあと言った。
「えー? ちょっと面白い話も聞いたのに」
「んだよ、面白い話って」
嫌な予感しかしないが、ちょっとでも情報が欲しい僕は拓の話を聞こうと手を耳から話す。
拓は大きな目を輝かせて言った。
「なんかさあ、病院裏の『てんこの山』があるじゃん? そこで狸の妖怪見たって話」
狸の妖怪?
その情報は初耳だった。っていうか今、こいつ、『てんこの山』って言わなかったか?
「拓、お前、あの丘の名前知ってんの?」
僕が言うと、拓は笑って言った。
「あったりめーじゃん? 天の狐って書いて『天狐の山』ってずっと呼ばれてんじゃん。お前知らなかったの?」
てんこ、って天の狐で天孤なのか。知らなかった。
僕は首を横に振って、
「そんな字だって知らなかった」
と答えた。
「だから、うちの親とかあの山行くって言うとちょっと嫌な顔したもん。狐に攫われるから、日が暮れる前に帰ってこい。夜に入るなとか言われたぜ?」
狐、っていう言葉が引っかかる。
あの化け物と狐、何か関わりがあるんだろうか?
「て、でもお前今、狸って言ったよな?」
「うん、狸の妖怪って話。でもあの山って確か、女の幽霊が出るって噂あるよなあ」
「だから幽霊はいないってば」
臨が言っていた女の幽霊の話、そんなに有名なのか。
「お前、幽霊の話嫌いなのかよー」
言いながら、拓は僕の頭を小突いてくる。
僕は否定も肯定もせず、じと目で拓を見た。
「いいだろ別に。っていうかなんでンな話してきたんだよ」
「だって興味あるかなーって思って」
「まあなくはねーけど、っていうか、あの山けっこうそう言う話多くね?」
「あるんじゃねーの? だってあの……」
そこでチャイムが鳴り響く。
拓が何を言いかけたのか聞けないまま、先生が来てそして、放送での礼拝が始まった。
幽霊に狐、狸の妖怪。
あの丘に何かあるのは確かなようだ。
幽霊……いや幽霊なんていない。
じゃあ妖怪は……?
でも狸の妖怪なら可愛いんじゃねーか?
だって狸だぞ。猫に比べたら可愛さは劣るが、十分可愛い。
狸か……でもあんなところに狸なんているのか……?
お蔭で礼拝の話も授業の話も余り入ってこなかった。
休み時間になってやっと、僕は拓に尋ねた。
「拓」
「何?」
「天狐の山の話って何を知ってんの?」
「え? あぁ、あの山って神の使いの狐が降りた山だって話。だからその狐を祀る社があるって」
「へえ……狐、ねえ……」
僕が見たあの化け物は狐だろうか?
でも神の使いが猫を襲うのか?
考えてもわからずその日一日、悶々と過ごした。
授業を終え、僕はひとり帰路につく。
臨は、約束があるとかで先に帰った。
時刻は四時前。
僕は家に一度帰り、自転車に乗り大学病院へと向かった。
呼び出されたわけではないが、部屋に戻ったら外に出る気になどなれない気がして、いつも使わせてもらっている仮眠室にいさせてもらうことにした。
いつもの場所に自転車を止め、病院へと向かう。
この時間、外来はないため制服姿の僕は非常に目立った。
木々の葉は色をすっかり変えて、風が吹くたびに葉を散らす。
いつもはただ通り過ぎるだけなのだが、僕はふと、途中で足を止めた。
茂みの中に、何かいる気がする。
猫?
そう思い、僕は茂みへと近づく。
いや、でも近づいたら逃げるか?
そうは思ったけれど、好奇心の方が勝り僕は茂みを覗く。
「あ……」
そこにいたのは狸だった。
狸は僕と目を合わせると、ほっとした様子で言った。
「なーんだ、人間か」
その呟きを聞き、僕は瞬きを繰り返した。
狸が、喋った?
「お前、何してるんだ?」
そう声をかけると、狸は口をあんぐりと開けて目を見開く。
「なんで?!」
なんでは僕の台詞だ。
「何でって何が」
「おいらの言葉、わかんの?!」
「残念ながら」
この狸の驚き方を見るに、どうやら僕がこいつの言葉がわかるのはおかしなことらしい。
ンなこと言われてもな。
「なあ何してんだ、そんなところで」
問いかけると狸は二本脚ですっくと立ち上がり、腰に手を当て胸を張り言った。
「隠れていたんだ!」
「何から」
そう聞くと、狸はだらだらと汗を流し始め、視線を反らした。
「え、あ、え、えーと……」
狸の出した声は震え、口をパクパクしたまま動かなくなってしまう。
「だーかーら、何から隠れてたんだよ?」
もう一回尋ねると、狸はがしり、と僕の足にしがみ付き、訴えるような目をして言った。
「ちょっとおいらを、匿ってくれませんですか!」
匿う、の意味を理解するのに少々時間を要した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます