第120話 一人と一匹と一体、ホームラン!


 ゴトン、ガコン、ガタタッ!!


 出現音はどれもそれなりの重量があるが、現れる物はどれもまったく同じ形をしている。現れたるは灰色の業務ロッカー。またの名を保冷庫を、金太郎がせっせと部屋の隅に移動させていく。


 ロッカーのドアを開けてみれば、中身はすでに改造済みの状態だ。いちいち内部の改造をしないで良いのは助かるけど、中に住んでくれる小さい神様は未実装なので、少しの間は内覧会会場として家に置いておく必要がある。


「おぉ……今このカタログのありがたさが初めて分かったなぁ」


【ごじゅうだい みっかでできる けいさんです】


 自分で作ってきた物をスマホが勝手に記憶しておいてくれるから、どんな些細なアイテムも漏らさないので、本当にカタログの要領で頁をスワイプしていける。ただ目録が雑なのが考えものではある。


 〝箱系〟とか〝袋系〟とか〝食べ物系〟や〝攻撃系〟〝補助系〟などはともかく、大部分を〝可愛い系〟がジャックしている。ざっくりしすぎだろ。ここが駄神クオリティなんだろうけど。


 こっちは大抵可愛い系を作ってきたつもりなんだぞ。おかげでここだけ探すのが地味に大変だ。最初の頃はとにかくすぐにお金に変える必要があったから、エドの店に卸した時に一番回転率が高い、魔宝飾品とは呼べない類いのアクセサリーばっか作ってたもんな。思えばかなり即物的な生活だった……。


【もくろくの めいしょうへんこう できたら いいのですが】


「だなぁ。しかもこの後ろの方の目録とか、これ普通に工務店だよな。個人で〝スパ浴場〟とか。そんなに度々造るものじゃないだろ。載せる必要あるかこれ?」


【そのうち まちとか つくれそうな じょぶ】


「何それ怖い怖い。絶対面倒なやつじゃん。冗談でも言うなよ忠太」


【まり だいじょうぶ さすがに それは ぎょうせいの しごと】


「そ、そっか。そうだよな? ちょっと身構えすぎか……ハハハ」


 とはいえ、身構えておくことに越したことはないというのが前世の持論だ。でないといきなり繁忙期な年末年始にヘルプ要請がかぶるとかザラだったからな。かけ持ちバイトしてても身体は一つなんだっての。


 家がお世辞にも広いとは言えないので、ひとまず三台くらいで打ち留めにする。たった三台でも並ぶと圧迫感が凄いな。


「忠太、近くにうちのテラリウムに住んでる以外の小さい神様の反応は?」


【    あ すでに けっこう きてますよ】


「保冷庫の人気はありそう?」


【  はい くらくて おちつく そうです】


「何だかそれだけ聞くと、水属性の小さい神様は氷室とか暗室とか好きそうな」


【ここの ほれいこも すぐに うまりそうです】


 まるで分譲中のマンションみたいな言い方だが、何となくしっくりくる。一台の保冷庫でどれだけの小さい神様を住まわせることが出来るのかは分からない。でも忠太を信じるので三台ある保冷庫はすぐに完売御礼になるはずだ。


 しかし……だとしたら、やや気になるのがマンションといえば内装である。うちのは畑仕事用の私物だし、エドの店に置いてある保冷庫は近所の常連客しか内側見ないけど、今回の依頼品は不特定多数のお客の前で開けることもあるかもしれない。色んな土地を回るなら見た目も多少は気にするべきか?


 だとしたら外装はもうペンキぶっかけるか、全面にシールを張るくらいしかない。でもそれだと一回新しいのを作製して目録に入れないと駄目だし、乾燥期間とか塗装ハゲなんかの心配もしないとだ。


 正直……そこまでするのは面倒くさい。ということは、外からの衝撃で傷つかない内装だけでも何とかすれば良いのか? 


「忠太、前金っていくらもらってたっけ?」


【はくきんか じゅうまい ですね】


「てことは百万か。全部で白金貨が二百枚だっけ? 単純計算で二千万で五十を割ったら……一台が四十万か。前世だと車どころか、中古の家が買えるな」


 前世だと何年で貯まる金額だ? 全然現実味がない。口に出したら変な汗が背中に滲んできた。契約書類の内容の精査はほぼ忠太に丸投げして、最後にちょろっとサインをしただけだから、ふっかけ過ぎたんじゃないかと今更不安になってきた。


【それでも まだ だいぶやすい いってましたね ひょうけつこは いちだいで ひゃくまんごえ】


「あ……あぁ、そうなのか? 異世界の価値観って怖いよな。ただの冷蔵庫のなりそこないにこの値段って」


【かでんは こっちだと まほうのいっしゅ ですからね ひこうきとか だいまほうの いっしゅに なりますよ だから ほれいこも てきせいかかく】

 

 まるでこっちの不安を見越したようなフォロー文面を、トトトと軽快に打ち込む忠太の手元を覗いていたら、仕事がなくなった金太郎が痺れを切らして大ジャンプ。鳩尾に突っ込んできた。


 加減されてるから痛くはないけど、これで数多くの猛者を屠ってきていることを考えると自然腹筋に力も入る。脇腹から潜り込んで作務衣と下に着ているシャツの間を抜けて、肩口まで登頂した金太郎は話に加わる気のようだ。


「あのさ、忠太、金太郎。今更なんだけど……保冷庫をちょっと改造したいんだ。大金もらうならさ、やっぱちょっとでも買い手側が損した気分にならないものが作りたいんだよ」


【それだと きぞんの ものではなく いちから つくりなおし なりますが】


「うん。また二、三台普通のロッカー買って、内装をやり直したいんだ。カタログの目録に入れば次からはそれで複製出来る。駄目か?」


【いいえ まりの こころいき すてきです ね きんたろう】


 スマホから顔をあげた忠太の紅い瞳と金太郎の黒い瞳が見つめ合い、お互いに深く頷く。通じ合い方がシルバニ○ファミリー風。可愛い光景に和みかけた私の視界で、忠太がスマホ相手にまた荒ぶる動きを見せた。


 見慣れた百均のホームページから、最近大量買いでポイントが一気についた業務用品のホームページ、ネット本屋のDIY特集、ホームセンター各種と目まぐるしい。カートに打ち込まれる数字が次々に切り替わる。


 ものの十分ほどで行われた早業に思わず拍手していたら、いきなり部屋の端に段ボールが一箱届いて、金太郎が肩から飛び降りて開封し始めた。その後も続々届く段ボールを○mazonの仕分けロボットよろしく仕分け、関係のありそうな物ずつ分けた山が出来た。


 ポカンとする私に【さあ はじめましょうか】と発破をかけてくれる相棒に笑って頷き返し、まずは保冷庫の基礎系を作製、山の上に乗っていたDIY関連の雑誌と睨み合いながら肉付けしていくこと五時間――。


 カタログの〝箱系〟目録に保冷庫がずらっと並んだ。


 【保冷庫〝ポピュラー〟】    面白味はないものの、堅実なデザイン。

 【保冷庫〝ファンシー〟】    女性に人気のパステルカラーで可愛く。

 【保冷庫〝スタイリッシュ〟】  黒と白のツートンカラーでクールに。

 【保冷庫〝エレガント〟】    金と白を基調とした気品のある佇まい。


 ファンシーは可愛い桜色の無地の壁紙を張り、木目調の突っ張り棒をかませて、百均の丸バスケットやレース編みっぽい袋を引っかけ、元々ある棚は百均の花鳥柄(ウィリアムモリス調)壁紙を張った。スチールラックは茶色系でナチュラルに。


 スタイリッシュは壁を白にして清潔感を押し出しつつ、デスク回りを片付ける文房具の黒系アイテムで揃えた。ブックエンドとメッシュの入ったペン立てが大役立ち。強力フックも黒にし、壁面にスチールラックをかけてフックとメッシュバッグを添えて。棚はピアノの鍵盤っぽい壁紙を張った。


 エレガントは光の加減で真珠色に見えるキッチン用の油跳ね防止壁紙を張り、白のスチールラックにはアンティーク系の金色フックと、華奢に見えるフックと同色のワイヤーラック。棚は真珠色の壁紙を使って同調整を高めた。


 大満足の出来映えに一人と一匹と一体で大はしゃぎしてエドを呼び出し、ブレントのところまで台車を使って運んだところ、彼はその場でドラミングするゴリラの如く雄叫びを上げるや、硬直した私達の目の前で前回の契約書を破り捨て。


 一台あたりを白金貨六枚と書き直した契約書にサインを求めてきたのだが……前世で新居を買えてしまう金額が書き込まれた契約書を前に私の意識は飛んだ。最後に見た夏の夕焼け空は、焼き芋色に輝いていた。

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