◆第七章◆
第117話 一人と一匹、サツマイモと副産物。
正午になるにはあと少し足りない頃、森の隠れ家の畑にて。
板型魔宝飾具を作る際に使った七輪とこっちで買った鉄鍋。火をおこした七輪の上の鉄鍋には、ホームセンターで購入した丸石を入れて熱したものに、小さめのサツマイモを二本埋めてある。畑仕事をこなしつつそれらを見守って約一時間。
前世だと道交法とかの問題で、もうスーパーの入口付近か専門店でしか嗅げなくなった甘く香ばしい香りが漂ってくる。ここ一週間毎日嗅いでいても飽きがこない魔性の香りだ。思わず期待で口の中に溜まった唾を飲む。
近付けば気圧される七輪の熱気。その熱気に耐えて鉄鍋の蓋を取ると、昏倒しそうになる蒸気が顔面を強襲したが――。
「忠太、これは……これは、今度こそ成功なんじゃないか?」
【いいえまり はんだん そうけいです わってみないと】
真夏の屋外でする焼き芋は地獄ではあるものの、あの味を知っているから辛さも半減する私とは違い、相棒ハツカネズミは慎重だ。ましてや実際にこの一週間失敗続きなのでここで反論はしない。
確かにしっかり焦げ目のついた表面はこれまでも見た。しかしシワの寄った皮からプツプツ滲み出す大量の蜜が期待値を上げる。この試みを始めてから今日まで多少の蜜が滲むのは見たけど、ここまでじゃなかった。
胡座をかいた膝の上から身を乗り出す金太郎を、尻尾で引き戻す忠太の爪が服越しに痛いが、耐熱グローブをはめ、聖剣を引き抜く気合いで芋を取り出して割る。
これまでは特に抵抗もなくホクッと割れて白っぽかったが、思った通り今日は違う。皮が蜜で突っ張ってニチッと粘りのある抵抗を見せ……ムチィッと裂けた隙間から、待ち望んだ色がお目見えした。濃厚な橙色。繊維質が見えないくらいにキメの細かくて、すでに裏ごししたあとのような光沢。
「やった……! 見てみろ忠太、金太郎! 良い感じにねっとり黄金色だぞ!!」
【おおお ついに ろっかー ほれいこでの じゅくせい せいこうですね】
「あんな思いつきでどうにかなるとは……DIYの奥は深いよな」
【これも まりのおもいつき あってこそです】
「いやいや、忠太が端の方まで隙間なく発泡スチロールを敷いてくれたり、金太郎が完成したロッカーの熱が逃げないように、地面に床下収納っぽく埋めてくれたから出来たんだって」
ロッカー保冷庫とは安易な名前の通り、バイト先で嫌と言うほど見た業務用の灰色ロッカー四台の中に、板状の発泡スチロールと、いつぞや作った板型魔宝飾具(小さい神様入り)水属性のやつを複製しまくり、強力両面テープで張り付けただけの代物だ。
目指したのは冷蔵庫だが、冷蔵庫よりも緩やかな野菜室くらいの冷たさなので保冷庫止まり。しかしそれがかえって良かった。
掘りたてのサツマイモはあっさり味らしく、サツマイモが甘くなるのは常温保存で追熟させてるせいだとかで、スーパーで買うものは収穫してから流通されるまでの時間に追熟が終わっている状態なのだ。
おかげで最初は普通に焼いても失敗続き。いや、失敗とは言いつつ普通に焼き芋としては美味しかった。ただ使用したサツマイモの品種のポテンシャルが活かされていなかっただけで。
したがって収穫出来る状態になってしまったものを追熟させるため、ひいては夏の暑さで腐らせないために保存場所を確保するのに、ロッカー保冷庫は大いに役立った。とはいえこっちの世界に冷蔵庫っぽいものがないわけじゃないらしく、最初にエドに聞いた時に、
『貴族がこの季節になると、冷たい飲み物や氷菓なんかを食いたいとかって言ってな。数年前に商工ギルドの連中が必死に作ったんだが……中に入れられる容量が少ない上に高価でよ。平民には高値の花だ』
『へぇ、でもそれだと町の食堂とかの食材はどうしてるんだ? その氷結庫のリース契約とか?』
『この季節は専門の冷やし屋を雇ってる店が多いな。冒険者ギルドの駆け出し魔法使いの小遣い稼ぎみたいなもんだ。あと大きい店舗は魔道具に頼ったり、すぐそばに井戸がある店なんかは日に何度も水を汲んできて冷やしてる』
――というような会話を交わした。
当然外食でもしないかぎりこの世界の酒は常温か井戸水につけて冷やす。エドもそうしているのを知っていたので、四台の中から一台無償でやった。夏の酒は冷たいに越したことはない……が、そんなことより。
「な、早速日陰に移動してさ、ロッカーで冷やしてた麦茶と一緒に食べよう」
【さんせいです まり さえてる】
湿気がないとはいえ真夏の日向で焼き芋はない。そそくさと日陰に退散し、埋めてあるロッカーのうち一台の蓋を開け、サツマイモの隣で窮屈そうに冷えている麦茶のボトルを引っこ抜き、適当な石の上に腰を下ろす。冷やっこくて気持ちいい。
麦茶を一口あおってから蜜でベタベタな紅はるかをムチムチと半分に割り、一方を「熱いから気をつけろよ」と言い含め、忠太の前に差し出す。もう一つは自分用。金太郎は残念ながら匂いだけだ。
フェルトに蜜がついたら収集がつかなくなるから緊張するこちらにはお構いなし。ズイッと忠太の背後から頭を出してフンフンと匂いを楽しんでいる。
「うん……これこれ、ねっとりしててずっしり甘め。頬の内側がギュってなるんだよなぁ。初焼き芋の感想はどうだ忠太?」
【これが おいものあまさ だけとは しんじがたいですね】
「だろ? でも真夏に食べても美味いけど、やっぱ焼き芋は冬が一番美味く感じるからさ、今年の冬にまた食べさせてやるからな」
【それはそれは たのしみに してますね】
「昨日の失敗した焼き芋で作ったスイートポテトも上手く出来てたけどさ、やっぱこっちも美味いな」
【あのれしぴ ようしゅが きいてますよね】
「ん。洋酒入れなかったら
【じゃあ しょうひんか だいいちだんは すいーとぽてと けってい】
というようなことを話ながら手についた蜜を行儀悪く舐めとり、一本残った焼き芋を紙で包み、火の始末をして、サツマイモ一色から半分夏野菜へと品を変えた畑から本日分を収穫し、水浴びをしてからマルカの自宅へと戻った。
――で、戻ってすぐに夜の映画鑑賞に向けて外に発電機を出そうとしていたら、立派すぎる小屋のドアがノックされて。開けたらすでに〝頂戴ポーズ〟のレティーと、困り顔のエドが立っていた。
野生の勘持ちな忠太が肩で爪を立てたからちょっと面倒事の予感がするけど、取りあえず先にレティーだな。
「二人ともおはよ。良い勘してるなレティー。ほら、今日の取り分な」
「んふふふ、もうこんにちはの時間だけど良い匂いがするから許してあげる。あとお礼にこれ。どうせちゃんとしたお昼ごはんまだなんでしょう?」
紙にくるんだ焼き芋と交換に差し出されたあずま袋を受け取れば、まだ湯気の立つ串焼きとパンが入っていた。耳元でキュー……と小さな腹の虫の声。肩を見やると忠太が恥ずかしそうにヒゲを弄っていた。金太郎がその背中を小突いている。
「ありがとレティー。忠太はさっき自分より大きい芋を食べたんだけど、まだ腹が減ってるんだってさ」
「忠太ってば見た目より食いしん坊なのね」
「おう、結構食べる。まぁこんなとこで立ち話もなんだし、二人とも入れよ。冷えた麦茶くらい出すから」
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