第116話 一人と一匹と一体、スローじゃない。


 善は急げと朝食を食べてすぐにサツマイモの植え付け時期を調べたら、まさかの最適期は六月中旬まで。ギリギリでも七月の初旬。しかしスマホのカレンダーは七月十六日だというから滅茶苦茶慌てた。


 一旦マルカに戻ってからと考えていた予定を取り消し、転生最初の拠点地の森へと飛んだ。小屋の周りの空き地をホームセンターでレンタルした耕運機で開墾し、購入したクワとレーキ(潮干狩り出来そうなやつ)で畝を作ろうとしたのだが、これが意外と素人には難しくて断念。


 なので多少の金額で無駄な苦労を省けるならと、追加で耕運機に装着するアタッチメントを借りてサクッと畝を立ち上げ。家庭菜園もこれなら楽々。一瞬本気で購入を考えたものの、何とかスマホ画面のミニ耕運機をタップする指を止めた。


 あとは忠太にスマホで植え付け方法を調べてもらいながら、胸元にオニキスから譲り受けたブローチをつけ、種苗専門店で購入した紅はるか、シルクスイート、安納芋の私的ねっとり系のサツマイモ御三家に、従来のホクホク系の鳴門金時と紅あずまも少々植え付けた。


 夕方そこに百均で購入した各畝に立てる可愛い看板を設置し、マルカの町に戻ったのが今から六日前のこと。その後はレティーがくっつき虫になって離れなかったから、二日目と四日目に水やりに来たくらいだったのに――。


「はは――……嘘だろ、緑の指効果、恐るべしだな」


 目の前に広がる光景に思わず溜息が出た。間違いなくこれは前世でも今世でも、世界中の農業従事者が欲しがる能力だ。とはいえ芋よりは成長速度を抑えてくれているけど、雑草も少し育っている。そこも育つんだな……って、まぁ雑草も植物だし当然か。


【まりみて もう ちいさないも できてます】


 四日前にはヒョロヒョロだった芋の苗は、しっかりとしたランナー状になって生い茂り、まだ小さいものの忠太の打ち込むように幾つか実がついていた。金太郎が不思議そうに紫色の芋をつついている。


 植え付けの参考にさせてもらったサイトだと、普通は百五十日から百八十日で一株五百グラムから六百グラムくらいが目安らしいから、この成長がどれくらい異様なことが分かる。百日程度でも収穫は可能とあったものの、一株辺りの収穫量が大幅に減るから心配してたのだが、これなら杞憂に終わりそうだ。


「この様子だと全部問題なく成長しそうだな。途中で病気とかで枯れると思って多めに植えたけど、今度は食べきれるかが問題になってくるぞ」


【ひとにゆずるか うるかですね】


「知り合いに譲る分には良いけど、売るなら加工しないとだ」


【やくだけで おいしいのに どうして かこうする】


 胸ポケットから顔を覗かせて小首を傾げる忠太。至極もっともな疑問ではあるけれど、これには私なりに譲れない理由がある。


「ほら、芋は半分に切って水に浸けるだけで育つってサイトにあっただろ? だとしたら買った人間がそうして次に畑に植えたら、この芋が採れるよな?」


【そうですね なら まりのなまえで ぎるどに とうろくして しまいましょう どくせんきんしに ひっかかるなら せいさんしゃ つのって けいやくのうか かかえましょう それで りゅうつうしたら いつでも たべられます】


 いきなり独占禁止法の発想に至るハツカネズミ、賢い。囲い込み方がエグいのが少々気にかかるとこではあるが、提案事態は悪くないと思う。ただそれでもやっぱり駄目だ。我ながら面倒くさい性格だし、忠太達にまで我慢を強いるのは申し訳ない気持ちもあるんだけど。


「あー……とな。前世の世界だと、この芋を改良するのに沢山考えた人がいるわけだろ。その苦労をしてない私がその人達の上前ハネたら努力の泥棒になっちゃう」


【だから まるかのいえの まえじゃなく こんな もりのおくに】


「そうそう。それに何だかんだこの緑の指のおかげで、すでにかなり楽してるしさ。オニキスと聖女様に感謝だ」


【  まりは いきべた すぎます】


「そうでもないだろ。今で充分幸せだからな。それよりそろそろ雑草むしって畝の土寄せするぞ」


 強引に話を着地させ、ついでに忠太も胸ポケットから地面に着地させる。まだ納得しきれてはいないのか、忠太は薄い耳をぺしゃんとたたんでしまい、サツマイモの葉っぱの裏に隠れてしまった。金太郎はやる気充分とばかりに雑草相手にシャドーボクシングをしている。


「この調子なら第一号の収穫もすぐだ。一番最初は私と忠太と金太郎で焼き芋にして食べよう。二番目はレティーとエドにも食わせてやろう。な?」


 爪先しか見えない忠太に声をかけると、渋々出てきて小さく頷いてくれた。その後は全員で黙々と雑草をむしる作業に突入。


 まず金太郎は手持ちサイズのミニ三又を振るって雑草の根元を柔らかくし、忠太がそれを引っこ抜いて全部を綺麗に束ねて積んでいく。白い毛が薄汚れて行ったり来たりする姿は、巣を作る素材を集めてるように見える。


 私は一匹と一体がファンシーに働く横でクワを振るって、崩れた畝を整備していく。土いじりは初めてだけど、全身汗だくで不快なはずなのに意外にも楽しい。向いているのかもしれないと調子に乗っていたら、畝に植わっているサツマイモ達が呼応するみたいにワサワサと育つ。


 結局三時間ほどの作業中に掌サイズのサツマイモが幾つか実ってしまったので、味見をかねて小屋で休憩することにした――が、まずその前に。


「あ~……近くに川のある環境万歳……最っ高」


 服のまま肩まで川に浸かりつつそう口にすれば、一客ずつ用意したティーカップの水風呂に浸かり、石鹸の欠片で身体を洗っていた忠太と金太郎が頷く。水が土を含んだ泡で汚れたらそれぞれティーカップからあがってもらい、新しい水を汲む。体温を持たない金太郎と違って恒温動物な私と忠太は、川辺の太陽熱を吸った石の上に寝転んで冷えた身体を温めた。


【いきかえります】


「な。しかも森林浴まで兼ねてるとか贅沢すぎる」


【ととのっちゃいますね】


「それな。久しぶりにこんなにまったりするわ」


 そよそよとそよぐ風に小鳥の声と川のせせらぎ。贅沢なコンボにご機嫌を直したらしい忠太が、紅い双眸を細めてうとうとし始める。そこに身体を洗い終えてやや水太りした金太郎が来たので、軽く絞って目玉焼きが焼けそうな石の上に置く。


 しばらくすると忠太から小さな寝息が聞こえてきて、金太郎も自身の魚拓を取れなくなってからは動きを止めた。私はボーッと空を見上げたり、時々川に脚を浸しに行ったり、スマホでサツマイモのレシピを探したりして時間を潰す。


 最高な時間の無駄遣いを一時間半くらい楽しみ、寝ている忠太と金太郎を起こさないように、そっと両手に掬い上げて戻った小屋の前で私が見たものは――……収穫期を迎えて葉と茎を黄色くしたサツマイモ畑だった。

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