第98話 一人と一匹、旅は道ずれ世は情け?

 手を翳して淡い輝きを放つハツカネズミの前に跪く負傷者。まるで宗教画のような神々しさのある光景……ではないな。見た目だけはガッチリした成人男性達が半泣きになったり、実際泣いてる人もいるからひたすらシュール。


 当然賊共にはあの癒しは与えない。精々のたうち回ってろ。魔石ブローチの入った小袋の上で石からの力を借りつつ、小さな身体で懸命に回復魔法をかける忠太は、あとで存分に労ってやろう。

 

 こっちはこっちで一向に引き下がらない目の前にいる人物へと視線を戻した。


「本当に何から何までありがとうございます。貴方達のおかげで、無事に積荷が守れました。ですから、こちらを受け取って下さい」


「別に偶然通りがかっただけだから金はいい。困った時はお互い様って言うだろ」


「いいえそういうわけには参りません。少額ではありますが、是非お納め下さい」


「だからいいって。この先も入り用になるだろ。それより怪我人はあれだけか?」


 差し出された袋を押し返す私の問いかけにようやっと渋々頷いたのは、まだ若い商人と職人達の代表者だ。冒険者じゃないだろうとは思ってたけど全員ほぼ理数系と美術系か……無力な集団だな。一応ここら辺の治安が良くないのは知っているから一団を組んだんだろうが、戦力が低いとただのカモネギでしかないだろう。


 賊を縛り上げる手伝いをさせようかと思ったものの、腰が引けて頼りないので結局全部金太郎がまとめて縛ってくれた。紅葉は大人しく草を食んでいる演技中。かなり無理がある気もしたけど、よくよく考えれば紅葉は木々の間に隠れていたし、あの騒ぎの中で誰も冷静にこっちを見てた奴がいなかったので大丈夫っぽい。


 まぁ忠太と金太郎だけですでにかなりインパクトがあるから、これ以上注目されたりしないように注意は必要だろうな……と。


「見たとこ全員ほぼ丸腰みたいだけど護衛はいないのか? それに何だってこんなところにいたんだ」


「わたし達は見ての通り駆け出しの職人と商人で組んでいます。故郷の田舎町から一旗揚げに王都に行くところを、運悪くさっきの連中に襲われてしまって。この辺りは曰く付きの場所ですし、護衛は雇っていたんですが……これもまた金額が安い若手ばかりで」


 苦笑する様子から全然歯が立たなかったのだと推測された。ただその声音からは怒りは感じられない。確かに力量もないのに金額以上の働きをしようなんて奴はいないだろう。良くも悪くも今回のことが命がけの勉強になったみたいだ。


 しかし〝曰く付き〟とは……聖女の話に関係があったりするんだろうか。ちょっと気になるな。とはいえ――。


「ふぅん。それは災難だったな。やられた護衛達は回収するか?」


「いいえ、彼等も逃げ足は早かったから必要ないかと。ただし次の町で顧客を放り出して逃げたことは、ギルドに報告しておきます。それよりも貴方はどうしてこんなところに? 見たところ従魔の他にお連れはいらっしゃらないようですが」


 そう言ってからすぐに「あ! 答えにくい質問ならば聞き流して下さい」と、慌てた様子で付け加えられる。レティーとエドも、ラーナとサーラもそうだったが、商人は基本的に好奇心旺盛らしい。別に後ろめたいことのある旅でもないし、本当のことを教えても良いんだけど……そうなると頭の心配をされかねないだろう。


 なので無難に「あんた達と同業で、似たような理由で王都を目指してるところだ」と答えた。嘘も方便だ。すると相手はパッと顔を輝かせ、けれどすぐにまずいと思ったのか表情を引き締めて口を開いた。


「そうでしたか。それは……奇遇と言うか、その、では、少々厚かましい申し出をしてもよろしいでしょうか?」


 何となく察しのつく流れに頷いて先を促せば、予想通り護衛のお誘いだった。謝礼として渡そうとしてきた金額に上乗せしてくれると言う。何よりこちらの出身者達に紛れ込めるのは魅力的だ。断るのは勿体ない。


 チラッと忠太の方を見たら、ちょうど花びらみたいに薄いピンク色の耳をこちらに向けているところだった。その尻尾がくるりと円を描く。どうやら私と同じく受ける方が得策だと考えたらしい。良かった。となれば返事は決まった。


「ん。それじゃあ……私はマリ。あっちの可愛いネズミが忠太。小さいクマが金太郎で、そっちで草を食んでるのが紅葉だ。王都までよろしく」


 簡単な自己紹介を挟んで手を差し出せば、榛色の瞳と赤茶色の髪をしたひょろりと背の高い代表者は、勢い込んでこちらの手を掴むとブンブン上下に振って。


「ああ、良かった、ありがとうございます。では早速次の町で契約書の作成と、賊の換金を済ませて貴方の報酬の先払い分にしてしまいましょう」


 ――と結構逞しい発言をして笑う青年は、将来有望な奴に見えた。

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