第50話 一人と一匹、学友ゲット。

 良いも悪いも、もう座っているのだから断れるはずもない。


 突然の珍客に無言で頷き再び授業に集中しようと前の教壇に視線を向ければ、彼女達も色違いの二羽のオウムもそれ以上話しかけてくることなく、初めての授業を受けることが出来たのだが――。


 授業後に教科書とノートを片付けて立ち去ろうとした時、急にオウム達が回り込んできたかと思うと双子が揃って立ち上がり、ちょんとローブの端を摘まんでお辞儀をしてくれた。


「初めまして、あたしはサーラよ。ブローチの石は葡萄石プレナイト


「初めまして、わたしはラーナよ。ブローチの石は同じね」


 健康的な浅黒い肌に緩く波打つ黒髪。ローブについたブローチと同じマスカット色の瞳を持つ双子は、それぞれ右肩に赤のオウムと左肩に青のオウムを止まらせたまま、そう自己紹介と共に手を差し出してきた。


「魔力保有量が高めな人はあれ使っちゃ駄目なんだよ」


「魔力保有量が高い人が使うと割れることがあるのよ」


「先生が探してるのってたぶん貴女だと思う」


「先生が探してるのは絶対に貴女だと思うわ」


 前者の赤いオウムを肩に乗せたサーラの端的な言葉を、後者の青いオウムを肩に乗せたラーナが補う。そんな双子が同時に教壇の方に視線を向けると、下からこちらを見上げている教師と目が合った。


 人差し指だけをクイッと曲げて呼ばれてしまう。もし水晶が割れてたら弁償になるんだろうか。それは嫌だなと思っていたら、サーラの方が笑って「初めてで分からなかったんだから、大丈夫よ」と言い、同じ顔のラーナも「初めてで勝手が分からなかったなら、不可抗力よ」頷いてくれる。


 二人に見送られて講堂の階段を下りて教壇まで辿り着くと、水晶を手にした肩までの銀髪の老女史が迎えてくれた。


「えっと、すみません。壊しちゃったんですよ……ね? 弁償します」


「いいえ大丈夫ですよ、こちらからの説明が不足していたのでしょう。弁償の必要はありません。そのブローチ……貴女が昨日新しく入学してきたというマリさんね。そちらは使い魔のチュータで間違いありませんか?」


「あ、はい。あの……入学早々そんなに問題児として噂になってるんですか?」


 ブローチにしがみつく忠太と一瞬目配せしてからおっかなびっくりそう問えば、先生は「そうではありませんよ」とほんの少し笑った。細い銀縁眼鏡の奥に見える灰色の双眸が優しいクジラ形になる。


「聞いた話だと……そう、貴女は五属性の適正を全て持ち合わせているそうね。才能があるのに使いこなせない学生を導くのは、教育者として喜ぶべきことです。けれど貴女の能力が人より随分強力であるということと、この水晶を割ってしまったように、暴発する危険があるということだけは忘れないで頂戴」


「はい、勿論そのつもりです。能力を上手く活かせるようになって帰って来いって送り出してくれた人達がいるんで」


「それならもうわたくしからの注意は必要ありませんね。己の能力に慣れるのもそうですが、これから大変なことも多いでしょう。基礎学から学ぼうとする生徒は大歓迎。質問があればまた講義にいらっしゃい」


 そう言って微笑んだ先生に頭を下げて講堂を出た。その後次の講義まで時間があるので、さっきの双子を探して歩くこと数分。


 ベンチの置かれた中庭らしきところを横切ったところで、赤と青のオウムが羽繕いをしている姿を発見。近付いていくと思った通り、あの双子が本を読みながら寛いでいるところだった。オウムが鳴いて私の接近に気付いた二人は、本から視線を上げて微かに驚いた表情を浮かべる。


「「あら、新顔さん。何か御用?」」


「お礼と自己紹介を言いたくて探してたんだよ。さっきはありがとう。私は昨日から学園に入学してきたマリ。こっちの白くて可愛いのが忠太だ。ブローチの石はアレキサンドライト」


「ご丁寧にどうも? だけどあたし達と話しているところを誰かに見られたら、貴女明日と言わず今日から大変よ?」


 急に謎めいたことを言われて〝はぁ、そうですか〟と言える奴は多くないだろう。そもそもこっちは友達百人を目指して来たわけでもないし、誰であろうが世話になったら礼は言いたい。


「あ、ここ座るから。別に他人にどう思われようがいいけどさ、あんた達と話しているのが見つかったら何が大変なんだ?」


 さっきのお返しとばかりに返事を聞かずに近くに腰を下ろすと、双子は困惑した様子で「あたし達がルーグルーだからよ」と答えてくれた。でもこちとら異世界転生組。この世界の常識なんて興味がなければ覚えない。


 忠太のおかげで手に入れたこちらの常識はこの際ポイして「ルーグルーって?」と尋ねた。すると二人の困惑はさらに深まる。同じ顔の困り顔でもちょっとずつ違って見えるのは面白い。


「ええと……わたし達はこの国の精霊信仰とは違う宗派の異教徒で、土地を持たない民族なの。その呼び方がルーグルー。意味は〝故郷と心のない者達〟よ」


「それなら私と忠太もちょっと前まで同じだったぞ。精霊信仰とかこの国にくるまでは初耳だったし」


 双子が最早お手上げとばかりにお互いオウムの乗っていない方に小首を傾げると、オウム達も主人達と反対方向に小首を傾げる。色違いの鏡みたいだ。


「他にもわたし達の作る魔宝飾具は嘘を見破るの。知られたくない秘密もね」


【なるほど おふたりを きらう みんな やましいこと あるんですね】


 ブローチの金具に爪先立って、スマホに文章を打ち込む忠太を見た二人が「「まぁ……賢いネズミね」」と感心してくれる。主人達のそんな様子が面白くないのか、二羽のオウム達が嘴をカチカチと鳴らす。鳥の表情とかまったく読めないけど、やっぱ威嚇……だろうなぁ、これ。忠太が毛を膨らませて威嚇返しをしているのも不憫だけど可愛い。


「ああ、私の相棒は私よりずっと賢いネズミなんだ。それはそれとしてさ、別に疚しいことの一つや二つあっても良いだろ」


「そういうのじゃなくてね。あたし達単純に警戒されてるのよ」


「わたし達が皆の作ろうとしている道具の構想を盗み見ないか」


 要するに下らない迷信を信じてるわけか。馬鹿馬鹿しいと思いつつ「実際そういうことって出来るの?」と聞けば、双子は一度顔を見合わせてから呆れたように頷き合って「「まさか、出来っこないわ」」と言った。


「じゃあちょうど良いや。これから学園内で私達を見かけることがあったら、積極的に話しかけてくれよ。私達もそうするからさ。友達になろう」


【ただ そちらに わたしを えものと みなさないよう いってください】


 話しているうちにこの双子のことが気に入ってきたので、面倒臭い連中を遠ざけられて面白い学友が作れるならその方が良い。打算まみれのこちらの申し出に「「貴女達って変わり者って言われない?」」と。


 これ以上ないくらい変わり者な双子は、苦笑混じりに握手を求めた私の手を代わる代わる握ってくれた。

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