第49話 一人と一匹、初授業と……。

 ウィンザー様とレベッカという領主夫婦による最強の協力のもと、慌ただしく王都の学園にやって来た翌日。


 女子寮の食堂でで朝食を済ませた私と忠太は、早速今日受ける授業を決めるべく、学園のエントランスにある講堂の時間割表を見に来たのだけど――。


「なぁ……忠太。さっきからやたら見られてる気がするのは、私が自意識過剰過ぎるんだと思うか?」


【いいえ じっさい しせんがすごい ですよ】


「昨日の駄神のメールから察するに、やっぱコレ・・のせいかなぁ」


【おそらくは そうかと やられましたね】


「あいつに実体があったら腹に二、三発入れてやりたい気分だわ」


【きかなかった ことにしておけば とめなくても いいですね】


 周囲からの視線が集中する場所にあるのは、ローブの襟を留めるブローチ。陽光の入る角度で赤と緑を行き来する駄神からの入学祝だ。完全に悪目立ちである。この場で一つはっきり言えることは、奴はこうなることが分かっていて私にコレを贈った確信犯だということだろう。

 

 ただブローチ裏からの金具を足がかりにに立っている忠太の前にスマホを差し出し、そこに忠太が文字を打ち込むという構図は思いのほか良い。ポケットの中や肩に乗せている時より安定感がある。


 それにしても……私からしてみれば、忠太以外の〝使い魔〟を見たことがないから、この学園に元からいる在校生達の方がよっぽど珍しいんだけどな。猫とか犬とかウサギとか、大きなオウムを連れてる生徒までいるのには驚いた。あの子達はどうやってアイテムの採取をするんだろうか。非常に気になる。


 レベッカの言い分だと忠太みたいな使い魔もいるらしいけど、ネズミを連れてる生徒はまだ見ていない。ハムスターとかモルモットがいたら良いのにな。


「ま、取り敢えず前世の高校とかと違って決まったカリキュラムもないっぽいし、さっさと出られそうな授業やってる講堂探して、一番目立たない席を取ろうか」


【さんせいです このぶろーちなら どこでもはいれる いってましたし】


「ただなー……どれでも選んで良いって言われたところで、どれを受けたら良いのかがさっぱり分からん。やっぱ嫌だけど誰かに訊いた方が早いかなぁ」


【じゆうどたかい は なんいど たかいと どうぎですね】


「確かに昨日の説明で授業は選択制だって聞いてたけど、一コマずつ自分で決めて埋めていくって難易度高いよな」


【ひとまず じつぎは おうよう できないから ざがくを おさえたほうが いいかもです きょうかしょ つかえるじゅぎょう せっきょくてきに ねらっていきましょう】


「ああ、そっか。素材採取地、素材適性、融合、分離……って、教科書に載ってるのは、ほとんど必要な基本だもんな」


【そういうことです】


 昨夜適当な肩かけ鞄をアプリで購入したのだが、そこに入れた教科書の背表紙を順に読み上げていって忠太の助言に納得する。学問の始め方まで提案出来るとか……本当にこのハツカネズミは優秀な相棒だ。その助言に従って、採取地について言及している座学を一限目に選ぶことにした。


 時間割表と教室への道順をスマホで撮影し、人生初めてのローブに纏わりつかれることに苦戦しながらお目当ての講堂へと向かう。移動中はブローチを隠して周囲を観察。領地で説明を受けていたように、学生達の年齢層は幅広い。


 まだ十代前半くらいで使い魔を持たない子や、教師と間違えてしまいそうな三十代前後っぽい人まで様々だ。前世の大学院生が何歳まで学校に在学出来ていたのかは知らないけど、ここには三十代より上はいなさそうかなとあたりをつける。


 外観からは貴族が通う学園よりは質素だと思っていたものの、何てことはない。海外の観光スポットにならない地味で小さい古城や修道院って感じで、普通にワクワクする要素のある洋画の世界観だ。例えるなら内情をよく知る親なら子供を預けないであろう、あの魔法学園っぽい。


 途中興味を惹かれて違う角を曲がったり、階段を上ったりしようとする私を忠太が軌道修正してくれ、無事に授業開始の鐘が鳴る前に講堂に辿り着くことが出来た。他の学生達がブローチを取り外し、嵌められた石を入口に置いてある水晶に翳して講堂に入るのを真似した。


 ドラマや映画でしか観たことのない広い講堂は、長い机と椅子が階段上に並んでいるが、奇妙なことに机の天板と椅子の形が鍵状になっている。


 不思議な座席配置に戸惑いつつ後方の端っこの席に腰を下ろし、それとなく周囲の様子を探っていると、そんな私の顎の下を忠太がつついた。見下ろせば、身を乗り出すように横を指差している。そちらに視線を向けた瞬間謎は解けた。


【おおきな つかいま ですね】


「狼かぁ。確かにデカイよな。となると、この鍵状の座席の作りは机との間が狭い方に宝飾具師が座って、相棒の使い魔が机と遠い方の席に座るのか」


【ちいさい つかいま つくえのうえ いても じゃまにならない】


「じゃあ忠太は机の上で良いな。ほら、お手玉座椅子をどうぞ。小さい神様」


【ふふ それでは おことばに あまえて】


 忠太用のビーズクッションに使うペレットを詰めたお手製お手玉をペンケース横に置き、百均のルーズリーフを取り出して教科書を広げる。それだけで少し高揚してしまう気分を抑え込もうとしていたら、ちょうど壇上にこの授業の担当教諭らしき人が入ってきた。


 年配の女性らしきほっそりとした立ち姿の彼女は、入口にあった水晶を手にしている。たぶんあれが名簿代わりなんだろう。サッとそれに映し出される情報を読んでいる姿を席から眺めていたら、不意に彼女が水晶から視線を上げてキョロキョロし始めたものの、それも始業の鐘の音と同時に終わった。


 広い講堂内にどうやって年配の女性が声を響かせるのかと思って興味を惹かれたのは、私だけでなく忠太も同様だったみたいで。一人と一匹で前のめり気味に教壇を見つめていたら、彼女が自身の首にさげたネックレスをなぞって口を開いた。


「皆さんおはようございます。今日は属性の組合せについて学んで頂こうと思います。それでは教科書の百十七ページを開いて」


 ネックレスに見えたのは拡声器タイプの魔宝飾具だったらしい。張りのある声が講堂内に響き、生徒達が教科書を開く音が重なる。彼女が教壇の後ろにあった黒板を指輪のついた手で軽く叩けば、それは映画館のスクリーンくらいの大きさになった。うぅん、こういうところが魔法だなぁ。


 妙な感動をしつつ私も忠太と一緒に教科書を開いて初の授業に没頭しかけた最中、ふと肩に何かが触れた。顔をあげるとそこには一羽の大きな青いオウムが止まっていて、黒い目をシパシパ瞬かせている。


 小首を傾げて忠太を見つめる視線に捕食者のそれを感じ、思わずそっとお手玉ごと忠太を引き寄せたところ、今度は同種だと一目で分かる赤いオウムが飛んできた。ムツ◯ロウの動物王国かと突っ込みたくなる状況に戸惑っていたら、私の隣でドサッと音がして。振り向くと机に教科書を置いた音だと分かったんだけど……同じ顔をした少女が二人、こちらを見て人懐っこい笑みを浮かべて座っていた。


「「貴女この講義で初めて見る顔ね。お隣座って良いかしら?」」


 囁き歌うような不思議な響きの声に思わず頷いた私の髪を、両側から色違いのオウムがサクリと咥えた。

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