第12話「諦めた理由」


 電源を入れるとスマホの待ち受けには恋人だった怜奈が映り心に痛みが走る。あの時の言葉は今も忘れられないし心に深い傷となっている。


「やはり出ないか……」


 まず実家に連絡した。家には友利の母で俺の義母である三崎智子さとこが居るはずだが出ない。次に父の雄太郎、最後に義妹の友利に電話するが出ないと諦めかけていたら七コール目で繋がった。その事実に俺は安堵していた。


『は~い』


「もしもしっ!!」


 友利の声だ。一ヶ月以上も聞いていなかった声に俺は感動した。だが感動は一瞬で霧散した。向こうから無慈悲な言葉が返って来たからだ。


『えっとぉ!! 誰ですか~!?』


「え?」


 周囲の音が相当うるさく男女の騒ぐ声も聞こえる。音も大きいからカラオケかゲームセンターかと考えを巡らしていたらトドメの一言に俺は愕然とした。


『知らない番号で~!! 誰から私の番号聞いたんですか~?』


「っ!? 間違え……でした」


『えっ!? ちょっ――――ピッ』


 通話も電源も切ると俺は肩で息をして震えていた。もう妹のスマホに俺の番号は残って無いんだ。あいつが消した……俺は向こうで必要の無い人間だと完全に分かってしまった……そして俺は今度こそ向こうの世界に帰るのを諦めた。


「ハハハハ、分かってたのに……なに希望持ってんだよ俺……」


 その後どうやって王城から出たか覚えていない。誰かに声をかけらた気もしたが俺は無視してフラフラと当ても無く歩いた。




「くっ……何してんだ俺は!? 皆を裏切って一人だけ!! だから罰が……」


 気が付くと俺は前にドブさらいした川辺で呆然と立っていた。手に持っていたはずのスマホは無くなっていた。たぶん目の前の川にでも投げ込んだんだろう。


「それは私も聞きたいかな、燈彩?」


 ドクンと心臓が跳ねた。その問いかけは俺の心をエグる言葉で同時に聞いて欲しいと思っていた言葉で慌てて振り返っていた。


「え? メル?」


「声もかけたし、ず~っと後ろから付いて来たんだけど?」


「そうだったのか……」


 それから時間がどれくらい経ったか分からない。数分かもしれないし数時間かも知れない……ただメルの言葉に何と答えるか言葉が出ないでいた。


「話したくないなら傍にいさせて……ね?」


 俺はその言葉を待っていたのかも知れない。だから次の言葉が自然と出ていた。小さい声でポツリとだけど出ていたんだ。


「…………聞いてくれ俺の、話」


「うん」


 意を決して顔を上げると辺りは眩しかった。陽が落ち始めているが夕暮れが川に反射している。隣を見るとメルの髪も光を反射してキラキラ輝いている。薄い水色が風に流れ銀糸のように見え綺麗だった。


「前にも話したけど……裏切られてこっち来た」


「うん」


 そこから先は曖昧で、ただせきを切ったように俺は過去の話をしていた。恋人だった幼馴染の話、大事にしていた義妹の話それから今日の出来事の全てを俺の人生の全てを告解するように話していた。


「もう、もうっ!! 何も無いんだ……俺は!! 俺には……」


「……そっか」


「分かってたんだ……でも、もしかしたらまだって……」


 決心したなんて言ってた俺の決意は紛い物だった。自分を奮い立たせるために虚勢を張っていただけだ。本当は心のどこかで帰れる。帰ったら普通にやり直せるなんて気持ちがどこかに残っていた。


「うん、そうだね……」


「……俺は――――っ!?」


 俺が何かを言う前に視界が覆われ柔らかい感触と甘い香りに包まれた。数秒遅れて俺はメルに抱き締められているんだと分かった。


「……今は泣いて、良いんだよ?」


 その言葉がトリガーだった。もう我慢の限界で俺は情けなくボロボロと涙を流し嗚咽を吐き出した。ただ悲しくて、悔しくて何より自分が弱く情けなくて声を上げて泣いていた。


「うっ……くっ、はぁ、はぁ……俺は……」


「どう? 少しはスッキリした?」


 腕の中から顔を上げるとメルが微笑んでいる。それは俺が今まで見た女性の中で一番綺麗でまるで女神様のようだった。


「うん……ごめん服、グチャグチャだ」


「良いよ、気にしないで」


 俺は彼女の胸の中から顔を上げるとソッと離れた。今さら照れくさくて俺は川に頭ごと突っ込んで涙を洗うと振り返る。


「ふぅ……今度こそスッキリしたかも」


「ふふっ、さっきより男前だよ?」


 微笑む彼女は川面の光を受け美しくて俺は慌てて視線をそらし空を見た。まだ陽が落ちるまで時間は有りそうだ。案外と時間は経って無いらしい。


「何も無くなって……空っぽになったからかも」


「何も無いか~、それは残念かな?」


「え? でも今の俺には……」


 俺が言うとメルは少しだけ頬を膨らませて俺を見た。


「何も無いとか言わないで……小隊の皆は? 教官や他の研修生と……あとは私も、こっちで出来た繋がりは無いの?」


「それは……そう、だね」


 まだ吹っ切れてないのか自暴自棄なのか分からない……どっちも有りそうだ。だから次のメルの言葉は俺の中にスッと入って来た。


「何も無いなら作ろう、こっちで」


「えっ?」


「何か一つでも良い事が有れば人は生きて行けるってのが私の持論なの」


 随分とお気楽な持論だ……でも羨ましいと思った。


「一つだけ?」


「うん、一気に来たらビックリしちゃうからね……それに欲張りもダメ。じゃあ取り合えず最初の良い事しちゃう?」


 良い事と言われた瞬間、急にドキドキして来た。現金な話だが優しくされて俺は目の前のメルを強く意識していた。


「良い事……って?」


「そ・れ・は、お腹を満たさないと、ね?」


 メルが言った瞬間、盛大に俺の腹の音が響いた。そういえば俺は朝から何も食べて無かったのを忘れていた。


「あっ……」


「気づいてなかった? さっきから鳴りっぱなしだったけど? ちなみに今夜はビーフシチューよ」


 実はビーフシチューは俺の好物で懐かしい味だ。それに何より思い出の……いや今日からは違う新しい思い出の味になりそうだ。


「なら帰るかな……泣き疲れたよ」


「うん!! じゃあ帰ろう……燈彩!!」


 メルはそう言って俺の腕を掴んで走り出すから俺も慌てて走り出す。寮に門限は無いが門は閉められたら最後、結界が発動し朝まで入れなくなるんだ。


「そんな引っ張らないで!! 転ぶから……メル!!」


「じゃあ、しっかり自分の足で走りなさい!!」


 そう言って手を離す彼女に慌てて追い付いて帰りを急ぐ。この日やっと俺は諦めた。でも本当の意味で異世界で生きると決めた大事な日になった。その理由は目の前の女性ひとの言葉だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る