転生メイド、お嬢様を幸せにし隊隊長に就任します〜悪役になんてさせません!〜

にまめ

第1話 異世界転生してまして




「あははははははははは!!!」


 ──全部全部なくなってしまえばいい!!


 宵闇よいやみの髪を振り乱した少女の高笑いが響く。

 美しかったであろう長いソレは、見る影もないほどボロボロと千切れ荒れ果て──だがそんなこと構うものかとより一層ほとばしる魔力は凄まじい。そのたえず流され続けた膨大な魔力が少女の黒髪を、何より周囲の建物や暴走を止めるべく抗う少年少女に叩きつけられる。一体どれだけの時間そうしていたのだろうか、決して浅くない傷をいくつも抱えながら立ち塞がる彼らは誰が見てもとうに限界を超えていた。


「……っぐ、」

「ま、だ魔力……っあるの?」

「どうしたら……!」


 とめどなく溢れ出る禍々まがまがしい魔力は学び舎を守るため戦う彼らよりも、無作為むさくいに周囲を傷つけ、ただひたすらに暴走する少女の方が壊すことを躊躇わないからこその純粋な強さをもっていた。

 ビキビキッ!!更に増大していく魔力によって少女の足下から広がる亀裂、これはまずいと力を込めた彼らの足は揺れと限界でふらり、無情にも崩れ落ちてしまう。



「あ、はは、ハ……ぁ」


 濁流だくりゅうの如く奔る禍々しい魔力。

 視界を遮る砂煙と淀んだ空気。

 激しい音、飛散していく瓦礫がれき。 


 目の前に広がりゆく、色濃い絶望。



 ドッッ!!

 しかしそれを白刃が切り裂いた。



「ッッぅぁ゛……っ!」


 背後より迫る凶刃きょうじんを避けられなかった少女は苦悶の声をこぼすと同時にごふり、吐きだしたもので赤い水溜りをつくる。赤く滲みだすお腹を押さえたまま力の抜けた身体が、べしゃりと地へ倒れたその瞬間張り詰めていた空気は掻き消え、いくつかの安堵する吐息がもれたのは至極当然。

 なぜならついさっきまで渦巻いていた魔力も、吹き荒れていた砂塵さじんも、そこかしこに伝播でんぱし続けていたヒビも…破壊を尽くさんとしていた全てが今この時少女の打倒をもって止まったのだから。

 

 対峙した少年少女が、押されながらもかろうじて保っていた魔法障壁を解けば雪崩なだれこむ人という人。ある者は賞賛の声をかけたし、またある者は身体をねぎらったりと徐々に騒がしくなってくる。彼らの守りきった学び舎の中に残る者達もこれ以上いくと邪魔だろうと控えただけで、全員歓喜をあらわにしていた。

 

「ありがとう!」

「やっぱり先輩たちスゴいです!」


 勇敢にも戦い抜いた少年少女へ降り注ぐ感謝の雨あられ。負けてなるものかと、意地と決意に満ち溢れた堂々たる姿は正しく主人公ヒーローといっていいだろう。


「カッコよかったな……あの人」

「うん、色なんか気にならないよね」


 絶望に伏してしまいそうな現実を一閃、たった一人で成し遂げた勇気ある行動へ誰もが尊敬の念を抱く。たとえ青年の色素が薄かろうと、今や悪を挫いた英雄ヒーローだ。

 

 


 こうして、魔力を暴走させ破壊の限りを尽くした悪の魔法使いは、勇敢な少年少女と一人の英雄によって倒されたとさ。どこにでもあるようなハッピーエンドのお話です。


 めでたし、めでたし。





 ───ほんとうに?



 ジジッ……突然ブレる視界と酷いノイズ。

 

 まるでどこかの世界に存在した映像機器のように、耳障りな砂嵐と目に悪い配色がうっとうしい。不快なソレが断続的に流れては切り替わる景色の数々。ぶつり、ぶつり、途切れ途切れかと思いきや今度は延々と流れこむソレをはっきり見ている筈なのに欠片も内容を認識出来ずにいる。理解不能な無音のスクリーンが佇むばかり。

 せめてシャットアウトしてしまえたら良かったが、どうやら無理そうだ。おそらくコレは夢、その夢に干渉するなんてファンタジーの中でしかないだろう。相変わらず何一つ伝わってこない映像をぼんやりした意識で眺め続けた。


 …どれくらい眺めていたのか。やっぱり中身を理解出来ないというのに、嗚呼どうして私の心は悲鳴をあげている?

 

 訳もわからず湧く怒りを、嘆きを、いきどおりをどうしたらいい!!全てがぐちゃぐちゃに掻き乱されて息苦しく感じているとふいに世界がばしゃり、塗替えられた。ノイズもスクリーンも消え去り眼前がんぜんにはこちらを見上げる仕草をする、愛らしい顔立ちの少女が一人。



【私ね、すごいまほう使いになりたいの、ううん……この国でいちばんすごいまほう使いになってみせるわ!】

 

 ……旦那様と奥様ですか?


【……はじめは、そうだったと思う、でももうちがうわ!今はちゃんと私がまほう使いになりたいの】

 

 私はお嬢様の素敵な夢応援しますよ


【!ほんとっ!?ありがとう!】



 それから、急に口をまごつかせソワソワと落ち着きをなくした少女はまろやかな頬をピンクに染めて笑う。くふくふと恥ずかしそうに、されど楽しそうに少女が美しい黒髪を揺らして、笑うのだ。


【あのね、二人だけのヒミツにしてね?私が、まほう使いになりたいって思った理由は─────】




 ───めでたしなんてクソ喰らえ!!!


 




 バッ!!


「っ!!」


 跳ねるように飛び起きた。いや飛び起きた、はいいんだけど……何で私は眠っていたんだろう?何故か身体が汗まみれで気持ち悪いのは一旦無視して頭をフル回転させよう。正直よく覚えてないが妙にリアルな夢を見た気がする、何だったかな……上半身だけ起こしたまま思い出そうとしてもダメだ、一切出てきてくれない。


 とにかく目を覚ましたということは、そろそろ出勤時間である。目覚まし時計をセットし忘れても覚醒してしまう辺り私はもはや立派な社畜女。

 ぐぐい〜っと伸びをして起き上がるため布団に手を……つい、た……?何かとんでもなく肌触りの良いお布団ですね……?さわさわ、すりすり、いくら触っても初めて感じる素晴らしい感触があるのみ。目を凝らしてみても見覚えのないふっかふかの高級仕様。


 いやいやいや、待てそうじゃない。

 肌触りがいいとか以前の問題だ。あまりに触り心地の良い布団とベッドに意識をもっていかれてしまった。


 今更ながらこの部屋一帯はじまして!ウッ見慣れぬお高い部屋に目が焼き付くされそう。落ち着け私、もしこれが誘拐であってもそうじゃなくても冷静に記憶を探らないと。夢じゃなく、目を覚ます前の記憶を。ほどよい反発力が気持ちいいベッドの誘惑に抗いつつ、うんうん唸っていたのだが。


 バァアンッ!!突然聞こえたとんでもねー爆音に思わずビクつく私の正直な身体よ。音の発生源を確認しようとする前に、私の方へ駆け寄る慌ただしい足音に気づいて視線が向いた。そうして視界に捉えたのは、ふんわり舞うキレイな黒髪と伸ばされる雪のように白い手。一度軽くその持ち主に抱き着かれたあと、次いで包まれた両手は子供体温のおかげかとても温かい。


「ッウェンディ……!!良かったぁ……っ」


 ぎゅうぎゅう。子供の力じゃそんなに痛くないけど、握られた手から伝わる力の強さがそれほど心配してくれていたのだと言葉より雄弁ゆうべんに語っている。


 正直なところ見知らぬ場所で目を覚ました混乱はある。でも……かすかに震えた指先、涙をこぼすまいと堪える目の前の少女……いや、幼女?を放っておけやしないでしょ。泣き顔可愛いとか思ってる場合じゃないわ、まずこの幼女を安心させなくては。

 なるべく優しく、それでいて弱すぎない絶妙な力加減で握り返した小さな手。どうやら私の選択は正しかったらしい、近くにある幼女の泣き顔が緩み、ふにゃりととけた表情を見せる。うんうん良かったね〜可愛い笑顔ごちそうさま。


 ……ところで確認したいことがあるんですよ。混乱とか、幼女の泣き顔とかもあって完全にスルーするところだった。

 


 ウェンディって誰よ。そうか私か。

 

 いやちょっと待って、確かに幼女は私をそう呼んで駆けつけたけれどもおかしいのだ。私にそんな洋風の爽やかな名前はなく、ごく普通の和名をもつ平凡な日本人女性としてさっきまで過ごしていた筈。


 ああ……問題は他にもあるな。ここで目を覚ます前に何をしていたのかは後で考えるとして、全く見覚えのない場所にいる現状だ。見知らぬ部屋、見知らぬ名前、見知らぬ幼女……んんん〜?誘拐よりも厄介な気配がする。



「ウェンディ……?やっぱりどこか痛むの?」


 おっと幼女に心配させてしまった。

 こてり。不安げな顔でこちらを見上げる黒髪が大変お似合いの幼女に大丈夫、そう告げようとして言葉を失った。何故なら気づいてしまったから。


 ウェンディ、その名前と。

 目の前で首を傾げる幼女。


 信じたくない、信じたくはないが。それ以外でこの状況に説明をつけようがなくて。いやおうでも思い出す、私が最近ハマって読んでいた作品に登場する姿を。主人公と仲間達に打倒される悪い魔法使いの──回想シーンで見た過去の姿が、今いる幼女とピッタリ重なった。……重なって、しまった。

 ウェンディという名のメイドも出てきたのを覚えている。まだだ、私の憶測おくそくにすぎない、僅かな希望にすがるため何とかひねり出した声は震えていたことだろう。


「……ッダリア、スカーレット……?」

「ど、どうしたのウェンディ?いきなりフルネームで呼ぶなんて……ぁ、私何かしちゃったかしら……!」


 はい残念でした!憶測大正解です。

 この愛らしい幼女はいずれ打倒される悪役……ダリア・スカーレットでありウェンディと呼ばれた私もまた、作中に登場するキャラクターの一人。転生なのか憑依ひょういなのか、はたまた白昼夢はくちゅうむなのか分からないがどちらにしても。




 私は、どうやら異世界にいるらしい──それも魔法あふれるファンタジーな物語の世界に。


 アッ泣かないで幼女!私も泣いちゃう!

 


 



 




 


 


 


  

 


 

  

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