調理専門学校生でも恋がしたい!

水源

第1話 焼き立てのシフォンケーキと高級肉のハンバーグはどう考えて等価交換ではない

 俺は相田洋平(あいだようへい)。


 去年高校を卒業した18歳の専門学校生だ。


 そして今、俺は家の最寄りの私鉄の駅前にあるとっても小さなシフォンケーキ専門のお店でケーキを買いもとめている。


「ん、おばちゃん、今日は何がおすすめ?」


「紅茶とプレーンかな?」


「んじゃそれと生クリームちょーだい」


「はい、ありがとうね」


「だっておばちゃんの作るシフォンケーキ。最高にうまいからなー、生クリームも絶品だし」


 普通にプレーンなシフォンなんだけど、本当にここのシフォンケーキはふわふわしているが口の中に含むとしっとりしていて、甘みがとろける絶品シフォンなのだ、それに生クリームを付けて食べればもうこの上なく幸せになれるんだよな。


 この店には実際にはシフォンのカップケーキやマフィン、クッキーなども売ってるが売り物はホールのカットシフォンがメイン。


 カップだと取り出すときに潰れやすいのでカットケーキのほうが断然うまい。


 ベーキングパウダーが入っていないのでその分柔らかいのかもなー。


 ここは昔は惣菜や焼きそばを売って居たんだが、それが潰れてしまった後にできたんだけど、本当に狭い小さなお店でケーキを入れるショーケースなどはない。


 窓の奥の棚にラッピングされたケーキがちょこんと置いてあるだけで、一見しただけだと見過ごしてしまうことも多いだろう。


 けど、口コミでその旨さが広まる知る人ぞ知る名店なんだよな。


 そしておばちゃんがとってもいい人なのだ。


「あらあら、ありがとうね。それに今日は暑いから身体にも気をつけてね」


「うん、おばちゃんこそ一人で大変だけど体に気をつけて」


「あはは、そうだね。体には気をつけないとねぇ」


 明るくて気さくでたぶん朝から晩まで働いて大変なんだろうにいつも笑顔でちょっとしたおしゃべり相手をしてくれるおばちゃんは俺の憧れだ。


 ああ、もちろん恋愛的な意味ではないけどな。


 紅茶とプレーンのシフォンケーキと生クリームを受け取って代金を払って店から離れ、駅の改札を定期で通過するとベンチに座って袋の中のシフォンケーキを取り出して生クリームを付けて食べる。


「ん、やっぱうまいわ。

 俺もあんなふうに人を笑顔にできる人間になりたいな」


 食べ終わった頃には電車が来てそれに乗り込み学校に向かう。


 この春に高校を卒業した後、俺は大学に進学するのではなく、調理師免許を取るために調理専門学校に行くことにしたのだ。


 俺の夢はおばちゃんみたいな小さなケーキ屋さんを開くこと。


 そしておばちゃんみたいにお客さんを笑顔にさせること。


 降車駅にたどり着いて電車から降りたら徒歩で学校へ向かう。


 今俺の通っている蒲田調理師専門学校、通称は蒲調(かまちょう)だ。


 ここはビルを立て直したばかりで、室内も調度品も新しい。


「学校の建物や設備が新しいってのはいいよな。なんか清々しい気分になるし」


 ここには自家菜園も有って、ハーブや野菜を自分たちで育てたりしながら、食品や調理器具などの衛生管理なども学びつつ、調理実習や試験を繰り返していく。


 1年次は和洋中すべての調理の基礎をすべて学ぶ、食に関わる仕事をしていく上で、最低限これは身に着けなければいけないという基礎技術を身につけ2年次は学生が運営するカフェやレストランでの接客や調理のシミュレーションをしつつ製菓や製パンの実技も行っていく、無論一定レベル以上の教養や技術の習得は必要だからそんなに甘くはない。


 出される課題に合格しなければいつまでも居残りで結局合格できずに退学となって夢を諦めるやつも少なくはない。


 午前中の食品の安全と衛生についての講義をうけチャイムがなって今は昼休み。


 俺は空いている調理実習室で昼飯をつくっていた。


「うむ、余った食材を使ってメシ代を浮かせられるのは調理専門学校のいいとこだよな」


 学食のレストランもあるし外に食いに行くことも出来るが、貧乏な俺には正直きつい。


 なので実習用のレンジなどを使って余ってる小麦粉で無発酵パンとプレーンのシフォンを作ってると部屋に入ってくる人影があったのだ。


「やっほー差し入れだよー。

 あいかわらず余った食材で自炊とか極貧生活だねぇ」


 彼女は同じクラスの桜田(さくらだ)かがり、この学校で出来た俺の数少ない友達だ。


 高校を卒業して専門学校に入ったはいいけど今までとぜんぜん違うしなかなか友達が出来ない状態だったからとっても助かる。


 明るくて人懐っこい性格は何となくあのケーキ屋のおばちゃんを連想させるが、結構いいとこのお嬢様らしいくて、神奈川のお嬢様女子学校の御三家の一つの横浜雙葉中学高等学校の出身だとか。


 しかもふわっとした綺麗な栗色の髪の美人だしその上性格もいいとか完璧超人か。


 俺みたいな貧乏な一般庶民には本来縁がない女性だよな。


 そんな彼女は店のあまりだといってハンバーグとかを昼時に差し入れしてくれる貧乏な俺にとっては女神のような存在だ。


「いやぁ、毎度の桜田さんの差し入れは有り難いけどなんで俺のいるところわかんの?」


 ンフフと笑っていう桜田さん。


「そりゃまあ、私は鼻がききますから」


「うん、意味わからんな。そんなに俺のシフォンうまかったか?」


 ニパッと笑って桜田さんはいう


「うん、そうよ。

 最初の実習のときに食べさせてもらったけど相田くんのケーキは絶品よね。

 甘味もまろやかでふわふわなのにしっとりしてるし。

 というわけで今日もケーキちょーだいね」


「はいはい、お嬢様には勝てませんな」


 俺は焼きあがったシフォンケーキをシフォン型から外して皿に取り分ける。


 彼女の差し入れとケーキが引き換えとして原価では俺のほうが圧倒的にお安いがお嬢様は気にしていないようだ。


 等価交換を要求されても俺にはどうにも出来ないけど。


「ではお嬢様どうぞお召し上がりくださいな」


「うむ、よきにはからえ」


 ちゃっかり紅茶を用意している桜田さんは優雅に俺のシフォンケーキを食いながら紅茶を口にしてる。


「んーいつもながらこのシフォンケーキ絶品ねぇ」


「んー俺から見ればまだまだだと思うけどな」


「うむ、向上心があることは良いことよね」


 桜田さんはそう言ってくれるけどおばちゃんのシフォンケーキに比べればやっぱりまだまだだとは思う


 そして突然爆弾発言をしてくる桜田さん。


「ねえねえ、私のパパのお店で働いてみない?」


 パパって?!


「え?桜田さん、パパって愛人がいるのかい?」


 桜田さんは苦笑して言う。


「ちがうちがう、ほんとうの意味で父様のことよ。

 今バイトのコックさんを募集してるからさ。

 横浜の”トラットリアパラディーゾ”って言う店なんだけどね」


「え?パラディーゾって結構有名な店じゃなかったっけ」


 パラディーゾつまり天国とか楽園という意味だな。


 ぐるなびとかでもそこそこいい点数の口コミが上がってたような気がするけど。


「そうかもね。

 でも相田くんの腕なら大丈夫よきっと」


 桜田さんの自信は一体どこからでてくるんだろう?


 俺はただの料理専門学校の一年生なのだが。


「え、俺イタ飯なんて作ったことはないんだけどほんと大丈夫かな?」


「大丈夫大丈夫、じゃあパパに連絡しておくからよろしくね」


「ええー、ちょっと一方的すぎじゃね?」


「大丈夫大丈夫!」


 うーん、まあ賄いが出れば食費もうくしバイト代が出れば助かるしな。


 せっかくの好意だしここはうけてみようか。


「桜田さんの太鼓判があるなら、頑張ってみようかな」


「ふふん、感謝しなさいよね」


「ははぁ、桜田大明神様誠に感謝しております」


「うむ、素直でよろしい」


 こうして俺はとりあえず桜田さんのお店”トラットリアパラディーゾ”の面接を受けることになったのだ。


 ケーキならそこそこ自信あるんだが普通にイタリア料理とかも作るとかだとちょっと自信ないが……男は度胸で頑張ってみるか。

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