第5話序章5
それから、更に数日後の閉店間際に、竹下の予想通り吉村がマチュアへとやって来た。50代に入ったとは言え、普段から陽気な吉村の元気の無い様子に、西田は開口一番、
「お! その感じじゃ、思ったよりは色々大変みたいだな。ニュースでも新情報が入って来てないし、最初の流れと反して上手く行ってないか?」
と尋ねた。
「いやー。正直否定したいところなんですけど、事実ですからねえ」
苦笑しながら、西田が洗い物を済ませて、一息付いて座っていたテーブルの向かい側に着席した吉村だった。一方、カウンターの中に居た由香は、吉村がいつも飲む、肝臓に効くとされるペパーミントティーを入れようとした。だが吉村は、
「奥さん。申し訳ないんですが、今日はいつもの奴じゃなくて、疲労に効くヤツ何かお願いしますよ……。ここんとこ捜査本部に詰めてて、今日もちょっと空いた時間に寄ってる状況で」
と弱音を吐きつつ、オーダーの変更を求めた。
「それじゃあ、クコの実が丁度良いんじゃない? 滋養強壮に効果があるし、ちょっと甘みもあるから」
由香はそう言うと、クコの実の入った袋を取り出すべく、後ろの棚へと背を向けた。
そんな姿を尻目に、
「竹下が先日来て、行き詰まってお前が来るんじゃないかと予想してたぞ。パッチリ的中だな」
西田がそう茶化した。
「え? 竹下さんが来たんですか? まあ頭の良いあの人の読み通りですわ、悔しいけど……。本当は捜査情報を外部に漏らせないのは、西田さんもわかってるでしょうけど、OBで信頼出来る西田さんになら、アドバイスを求めても問題無いとも言える訳で。正直、竹下さんのアドバイスすら聞きたいぐらいなんですがね……」
如何にも壁にぶち当たっているという表情を隠せず、吉村は首をすくめて見せた。
クコの実のハーブティーが吉村に出された後、西田はこれまでの報道や竹下から得た情報をまず自分で吉村に伝え、その上で自分の疑問点を吉村に確認したり、吉村側から訂正や新情報を喋らせるという形を取った。捜査情報を出来るだけ本人から喋らせない方が無難だろうと思ったからだ。無論、由香は離れた場所でテレビを見ている気遣いを見せていた。一通り西田が知っている情報を喋った後、すぐ後から吉村が補足し始めた。
※※※※※※※
「まず殺害当日の現場周辺の状況から行きますか……。スーパーの駐車場の防犯カメラには、動き回ってカメラの視界に入ってくる女児が何度も映ってましたが、閉店時間をちょっと過ぎた、午後10時10分頃まではそれが確認されました。それ以降は一切映ってません。報道もされてますが、当日は学校から帰宅直後から、友達と一緒に現場で既に遊んでました。駐車場の防犯カメラの過去の映像と併せると、学校から帰宅して現場で遊んだ時には、必ず夜にもまた現場に戻って1人で遊んでいた様です。また、自宅マンションのエントランスの当日の防犯カメラには、学校から戻って友達と遊びに出て、一度午後6時前に帰宅し、更に午後7時前ぐらいに外出した後、女児が帰宅した形跡は一切映って無かったです。つまり、2度目の外出後は、途中で帰宅したりせずにずっと駐車場付近にいたはずです。周辺の防犯カメラにも駐車場へ向かう姿はあっても、そっちの方から戻って来た形跡は見られませんでした。そしてその間、駐車場のカメラには、女児に近付く様子を見せた人間は、女性含めて見当たらずってところです。勿論、それはカメラに映っていた範囲の話ですが……。まあ何人かは女児の方に視線を向けてはいましたがね……。10時以前の防犯カメラに映らなかった時間帯も、殺害現場のカメラから死角の部分に居たのはほぼ間違いないでしょうが、閉店後のカメラに映らなくなった後、それ程置かずに殺害された可能性もあるんじゃないかと考えてます。殺害方法は紐状のモノでの絞殺と報道されましたが、紐よりはやや太めです。細めのベルトみたいなタイプの可能性も考えましたが、首が絞められた跡の皮膚に残った遺留物などが見当たらないんで、結束バンドに使われるような素材を用いた
吉村はそう言った後、クコのハーブティーを飲んで少しの間余韻を楽しみ、また話を再開する。
「マルガイ(被害者)の女児は、報道されている通り父子家庭の子ですが、実は父と娘の間のは血縁関係は無かったそうです。母親の連れ子ですね。ただ、その肝心の実の母親が娘を置いて、5年程前に他の男と駆け落ちしたそうで」
それを聞いた西田は、
「はあ? そりゃまた随分無責任な女だな!」
と怒り口調で目を吊り上げつつ嘆息してみせた。
「それはそうなんですが、幸いなことに父親と女児は結婚時から良好な関係だったそうです。父親がススキノでバーをやっていることもあって、夕方から深夜までは放置されているとは言え、ネグレクトの類ではなかった様です。実際、学校の教師や女児の友人からの話でも虐待などは無かったのは確実です。まあ母親に逃げられた後は、女児も精神的に参った様子はあったようですが、今では父と娘2人で何とか元気にやっていたとか。ただ、未だに母親の行方は掴めていないそうです。ニュースで放映されても連絡も来ていないようですね。何でも噂では南米のチリだったかアルゼンチンだったかに、駆け落ち相手と行った可能性があるとかで、情報自体が入ってないと見た方が良いかもしれません」
吉村の説明を聞いて、母親に捨てられた挙げ句、最終的に殺害されるという憂き目にあったとは言え、少しは救われた西田だったが、
「ところで、女児の本当の父親はどうなってんだ?」
と、気になることを確認した。
「どうも、実の父親とは婚姻関係にあったことは無かったらしく、いわゆる私生児という形で、父親が誰かは、今の父親も聞いていないそうです。ただ、実の父親から母親は多額の養育費を以前に一括して受け取っていた様で、蒸発後も残りの大部分をそのまま置いて出て行った……、さすがに血縁関係のない夫に、自分の娘を一方的に任せる負い目も多少はあったんでしょうが、それもあって、父親は金銭面での娘の面倒を見ることへの困難は無かったということです。結構な額をもらっていたそうで、残額は今でも相当残っていたとか……。当然父親から聞いたわけじゃなく、周辺の噂話ですがね。おそらくどっかの金持ちの愛人だったんでしょうねえ、ショートカットでスラッとしたかなりの美人だったそうです。そんな容姿でモテるからこそ、次々と男が現れるんでしょう」
吉村はそう言うと、一瞬ニヤリとした。
「ということは、実の父親も母親も、今の所、女児の父親や警察へ連絡してきている訳じゃないんだな……。気付かないのか薄情なのか、海外に居るからなのかはわからんが、薄情なだけなら、(女児は)つくづく浮かばれんな」
西田は相変わらず幼い被害者の無念に思いを馳せると共に、机の上に置いた両拳を軽く握りしめていた。吉村はそんな西田の様子をしばらく見ながら、再び喋り出した。
「事件当日に話を戻します。スーパーの従業員は、最後に残った店長含め、午後10時50分までに全員帰宅してますので、さっき言った閉店直後に殺害された可能性とは別に、殺害はそれから後のことかもしれませんがそこははっきりしません。人の気配が無くなった後の方が犯行はやりやすかったかもしれませんが……」
そこまで一気に言い終えると、吉村はクコティーの後味を堪能するかの如く、深く息を吐いた。無論その溜息の意味はそれだけではないはずだ。
「実は今だから言いますけど、その防犯カメラ映像の中に、ちょっと気になる若い男の存在はあったんですよ。ただ、視線を女児にやっただけで、一切接触せずに、直後には車に乗って駐車場を出て行ったんで、一応シロということで」
「ちょっと待て? どっかで車を降りてってことはあり得るんじゃないか? 現場には駐車場の入り口を通らずとも徒歩で入れたんだろ?」
西田は吉村の付加情報に当然の指摘をした。
「まあ確かにそうなんですが、周辺の防犯カメラに車は別方向に行って、1キロ程先まで進んだことが確認出来た上、周辺の防犯カメラには、その後本人も車も映ってないもんですから、DNA情報と併せてシロという判断です。その1キロ先付近に男が住んでいることも確認しています」
「で、その男がマルヒ(被疑者のこと)になりかけた理由は? 単にチラッと見ただけじゃないよな?」
「勿論ですよ、そんなレベルならさっきも言ったように他にも居たんで……。顔認証システムにその男の顔が合致したって話です。以前に未成年者誘拐で、東京の警視庁に現タイ(現行犯逮捕)された経歴があったそうです」
「未成年者誘拐? そりゃまた大それた犯罪じゃねえか!?」
西田は少し興奮して声を荒げたが、
「否、まあ実際には、迷子になっていた子供を自分の車に乗せて2時間程ドライブしてた程度のことで、誘拐って程には大したことなかったみたいです。結局のところ起訴猶予されてたとか何とか。まあ色々深掘りするより、まずDNA分析が重要だったんで、結局そっちとは無関係だったんですから……。事情はよくわかりませんが、とにかく本格的な誘拐犯罪なら、こっちもある程度は、知らないはずないですからね。そっちはもう無関係で話を進めます」
何とも煮え切らない話ではあったが、現在の状況から見ても、犯人ではないのはまず間違いないので、西田もそれ以上口を挟むことはなかった。
「それで、高須の『前(歴)』の強姦事件ですが、1年半ほど前、援交で訪れた
吉村は悔しそうな素振りだったが、気を取り直して話を続ける。
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