私の友人は、死んだ犬の生まれ代わりを飼っている。
夢守紗月
本編
私の友人の飼っている犬は、死んだ犬の生まれ代わりである。
今でも信じられないが、事実そうとしか考えられないのだ。
この話は、私とその友人が経験した、SF(少し不思議な)愛犬を巡る出来事である。
ちなみに断じてホラーではない。
ラウルは、ふわふわの毛を持ったオスのゴールデンレトリーバーだった。
誰にでも人懐こくて、私が友人の家に行くと、いつも玄関までお出迎えに来て、しっぽを振りながら跳びついてきたものだった。
リビングにある、南向きの窓のそばで寝っ転がりながら日向ぼっこするのが好きだった。
そんな時のラウルは、大きなテディベアの塊に見えた。
遊んで欲しいと、座ってお茶している私や友人のところに、おもちゃのゴムボールを「投げてよ!」とばかりに持ってきて、脛に押し付けてくるような子だった。
友人一家は、他にも二匹犬を飼っていた、ショコラといいう名前のメスのラブラドールと、ジョンという名前のシベリアンハスキー。大型犬好きな一家だった。
元気いっぱいなラウルとお淑やかなショコラ、慣れるまで少し時間はかかったが、一度認めてくれるとデレてくれるジョンに会いに行くのが、私の楽しみだった。
ラウルはその中でも最年長で、みんなのリーダーみたいだった。もちろん家族の指示には従うが、ショコラとジョンと戯れていても、いざって時には、二匹を諌めた。三匹で歩く時は、いつもラウルが先頭だった。
私の家はチワワしか飼ったことがなかったので、友人の家で大きなわんちゃんたちに会うことを楽しみにしていた。
しかし、2年前の冬、ラウルが癌になってしまった。
気づいたときはすでにステージが進行していて、治療の甲斐なく一ヶ月後には亡くなってしまった。
ゴールデンレトリーバーにしては長生きの、享年十歳だった。
友人はとても落ち込んでいた。
私はどうしていいかわからなかった。
私自身愛犬を5年前に亡くし、当時誰の慰めも耳に入らなかった。なんなら今でも毎日思い出すくらいには傷が癒えていない。こんなときの、軽い慰めの言葉は無意味だとわかっていた。
そして、同じく愛犬を亡くした経験をしていても、人によって傷つき方は違うということも。
だから、私はただ彼女がラウルの思い出を語りたくなったら、ただただ聞いてあげるようにして、それ以外は普通に接するようにしていた。そして、私自身も、もうあのラウルに会えないことが、とても悲しかった。
残されたショコラとジョンも悲しそうだった。
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そして、ラウルの四十九日が過ぎた日、友人が真剣な顔で私に言ってきた。
「昨日、ラウルの夢を見たの。そしたら、ラウルがこう言ったの。『今までありがとう、僕、この10年間とっても楽しかったよ。僕はもう虹の橋を渡らないといけいないけど、でも絶対このお家に生まれ変わって戻ってくるから!それまで待っててね』って。」
私はびっくりした。やけに具体的な夢だと思ったからだ。
でも、同時に、よくある話だとも思った。
死んだ愛犬が夢に出てくる。感謝の気持ちを口にする。生まれ変わりを約束する。
犬を飼ったことがある人なら、そしてその愛犬を亡くしたことがある人なら、多かれ少なかれ似たような経験があったりするのではないだろうか。
だからその時、私は深く考えずに「よかったねー」とか適当なことを言った。
きっと四十九日でセンチメンタルになった友人を守ために彼女の脳が見せた幸せな幻想なんだ、とか勝手に理屈をつけて。
それから1年と少し経った。私はすっかり、このことを忘れていた。
そんな時、突然友人から連絡があった。
「実はね……新しい犬を飼ったの……」
私は嬉しかった。この一年、ずっと元気のなかった友人家族と二匹の犬を思った。
彼らは、やっと前を向けたのかもしれない。
「え、なんの犬種?なんて名前?いつ飼ったの?」
矢継ぎ早に質問する私に、彼女はそっと答えた。
「来てからのお楽しみで……」
そして、久しぶりに彼女の家に行った。
ピンポーン
「はーい、今開けるねー」
友人の声と共に扉が開かれた。
「お邪魔します」
そう言いながら玄関に入り、さて靴を脱ごうと下を向くとと
チャッチャッチャ
ドンッ
何かが突進してきた
「えっ」
慌てて見ると、目の前には白いモフモフが
「えっえっ」
と混乱していると、友人が、
「こらーだめでしょ」
とその塊を引き剥がした。白い犬だった。
「はじめまて、”ラウル”です」
”ラウル”を押さえつけながら、友人はちょっぴり照れたような、嬉しそうな、困ったような複雑な顔で笑った。
”ラウル”は黒くて大きな目でこちらを見つめていた。ニコニコしてしっぽをぶんぶん振りながら。
「……えーとで、どういうことなの」
やっと一息ついた私は、お茶を飲みながら友達に尋ねた。
「新しい子に同じ名前つけたってこと?」
「うん、実は……」
――この子は、ラウルなの。同じ名前つけたってだけじゃなくて、"ラウル"。
そこから始まった友人の話は、にわかには信じがたいものだった。
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――私さ、前に夢にラウルが出てきたって言ったよね?生まれ変わるよって。
あれがさ、現実に起きたの。
私も最初は、ラウルのこと考えすぎて見たただの夢だと思ってた。だっておかしい、生まれ変わりを信じるなんて。なんて荒唐無稽なんだって。
でもそれから一年したとき、夜にラウルがまた夢に出てきたの。それでね、こう言ったの。
「僕今日やっと生まれ変わったよ!グレートピレニーズに!僕を見つけて!!」
そして、私に、「お手」をして去っていったの。一番得意だったお手をして。
ねえ、覚えてる?ラウルって、お手はすぐ覚えたけど、勢いあまって、よく手首部分にまで肉球来て
たよね?
――うん、私のときもよく手首にポンッてされてた。
そう、そのときそのままでさ。
それで朝起きたら、
"手首にあざができてたの、まさにラウルが手をおいたところに"
――え、それ大丈夫だったの!?
うん、痛くもなんともなくて、一日で消えちゃったんだけど、でもこんなにくっきりしてて……
あ、これがその時の写真
――どれどれ……あ、本当にくっきり赤いあざだ
そうなの。それで私、「これは絶対夢じゃない!」って思って、その日に生まれたグレートピレニーズを探したのよ。
そしたらなんと、
その日、日本全国で生まれたグレートピレニーズは、この子含めた兄弟しかいなかったの。
私はすぐそのブリーダーに連絡して会いにいった。そして、確信したの、この子がラウルの生まれ変わりだって、目が会った瞬間から。
「……」
信じられないって顔してる、やばい宗教に入ってるんじゃないかって感じでしょ?
私も最初は信じられなかった。偶然の連続を、自分の心の平穏のために思い込もうとしてるんじゃないか、ってね。
「……うーん、ちょっと無理ある気がするけど、まあ偶然なのかな?」
「まあそうだよね、理系で論文も大量に読んできた私達的には信じられないよね」
私と彼女は、大学こそ違うものの、どちらも大学は理系に進学し、卒業論文もバリバリ実験をして書いてきた
仲だ。そんな彼女が、こんな非科学的なことを言っているのがショックだった。
「でもね、これだけじゃなかったの」
――"ラウル"は、行動までラウルとそっくりなの。
ラウルは三匹のリーダーだったでしょ?いつも先頭に立ってた。
"ラウル"も、この家に到着した当日から、二匹に対してマウントを取ろうとした。
驚きでしょ、まだ生まれて四ヶ月の仔犬が、大型の先住犬二匹に当日から挑むなんて。
そして、家に来ても怯えた素振りも見せず、萎縮してもいなかった。
勝手に家中を動き回って、確認して。そう、
そして、ショコラとジョンも、最初から、この小さな新入りを受け入れていた。
おっとりしたショコラはともかく、認めた者以外には容赦ないジョンにしてはとても珍しいことだ。
「今ではもうすっかり二匹のリーダーよ」
友人はおっとりと笑った。
「そうだ、芸も教えなくてもラウルができたことはすぐにできてね。」
おいで、"ラウル"!
彼女がそう呼ぶと、シロクマの赤ちゃんみたいに見える"ラウル"が飛んできた。
はい、「お手!」
タシッ!!
勢い余りながら、"ベシッ"と手首にたたきつけるようなお手。
――ラウルだ!
「すごい、本当にラウルみたいだ」
「そうでしょ?なんか、ここまできたら、もうラウルってことにしようと思って」
――それまでは、前の犬のことを投影するのは悪いことだと思ってた。今の犬を見てないってことだから。
でも、生まれ変わりって思った方が、私の心も安定するし、なにより、"ラウル"にとっても生きやすいってことに気がついて。
だって、前世と好きなもの、行動パターン、全部一緒なんだもん。
薄情だと思う?悪い飼い主だと思う?でもそれが、この子と私たちの生き方なの!
そう言って彼女は、すっきりとした顔で笑った。
と、その時、
ツンッ
何かが足に当たった。え、と思って見ると、
"ラウル"が、私の脛にラウルが好きだったゴムボールを咥えて押し付けていた。まるで、以前「遊んでよ」って言って持ってきた時みたいに。
「ほーい、取ってきな〜」
ポーン
私は無意識のうちに以前やっていたようにテディベアを投げた。"ラウル"は千切れんばかりに尻尾を振りながら追いかけていく。
……あ、ラウルだ。
その時、何かがストンと胸に落ちてきた気がした。
見た目も年齢も違うが、私は確かに、このミニシロクマから、あの大きなテディベアを感じたのだ。
「そうだね、ラウルだね」
私も笑った。
本当は友人として彼女を諌めるべきなのかもしれない。そんなことありえない、目の前の新しい仔犬をちゃんと見て、って。
でも、これが"ラウル"と彼女なりの関係なのかもしれない。
科学で解明できないこと、あるのかもしれない。
「偶然の連続」じゃなくて「奇跡」を信じてもいいのかもしれない。
遊び疲れて、窓辺の特等席に
(終わり)
私の友人は、死んだ犬の生まれ代わりを飼っている。 夢守紗月 @satsuki_yumemori
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