西崎カオル改造計画
幾つかミスも見つかり不機嫌な今井はぶーぶーと文句を言いながら修正に取り掛かった。
丁寧に成果物を残しているも、単調な作業だとミスが起きやすい。自分なりに作業の仕方を考えて間違えない方法を取る様にと僕は今井にアドバイスを送った。やり方は数多くあり本人がミスを繰り返さない方法を模索して欲しい。
僕の成果としてはダメダメであったけれど、後輩の面倒を見るのも悪くはない。久々にゆっくりとした時間が過ぎてあっという間に定時が近づく。
「先輩も流石に今日は残業しませんよね?」
「帰る。んで、寝る」
「残業から開放されて安心ですね」
ふふっと笑う今井の感情を読み取るのが難しい。残業から開放される……まぁ、月四十くらいの残業で済むなら気も楽だ。残業手当も多く、貯金だけは貯まる。現状、僕が貰っている給料は残業しなくても満足しているので出来ることなら早く帰れるに越したことはない。
「残業ってアレくらいなら可愛いよ。月四十とか普通にやるだろうし」
「えぇ!?」
大きな瞳をまんまるに見開いた今井は指折り数える。
「四十時間って一時間が四十個あるんですよ先輩。一日が八時間勤務の計算で……五日は多いです」
「うちは土日が休みだから月から金まで毎日二時間残業したら四週で達成するぞ」
土日も仕事をする必要が出たら話は大きく変わってしまうけれど、何か『事件』が起きなければ休日出勤は発生しない。何度か土曜日だけ出勤する経験もしたけど、見積もりがミスっているケースとお客さん側から期間が短いにも関わらず作業の追加が無ければ本当にレアだと思う。
僕達側の目線だと急な変更は流石に普段よりも多くお金を請求する必要があり売上は見込めても休日が無くなるので出来る限り回避して頂きたい。しかし、向こう……お客さん側もそれなりの理由があるはずなので、臨機応変に対策を練る必要がある。
今井は電卓を表示しながら僕に話しかける。
「先輩って最近何時に帰ってました?」
「んー、終電が零時前だからそれくらいかな」
待ってくださいねと呟いてポチポチと電卓で導き出す後輩を見守る事にした。
「……おかしい。十八時が定時だけど、大雑把に零時まで六時間はあります。先輩は月曜から木曜まで、あたしより六時間多く働いてるから――二十四時間。三日間も多く働いている!?」
これじゃ、月四十時間なんて直ぐに超えてしまいますと今井に言われてしまった。確かに、数字がハイペースの稼働をしていた事実を視覚化していた。
「年に数回は四十の壁を超えれるから気にしないでいいよ」
「いいえ。ダメです。先輩は本当に怖い事を言いますね」
ルール上は問題ないはずだ。今井が何を恐れているのか僕にはピンと来ない。
「僕は今までそんな感じだったんだけど……何が引っかかってるのか今井の感覚が分からないな」
「えぇー。んー。困りましたね」
怖がられる理由を想像してみた。会社に長時間居ることに慣れた僕の感覚を今井は指しているのか……それとも今まで今井には残業をさせていない。残業を経験する事に大して恐れていると結論付けた。
本日は神下部長との会議が僕の仕事となり、午後は殆どの時間を雑談混じりで今井と過ごしていた。今週は自分の作業に集中する事が多く、隣の今井に話しかけるために身体の向きがいつもと違う感覚も久々に感じる。
定時が訪れる頃に僕が今井と雑談していたら久々に神下部長が作業部屋へ足を運んだ。今朝は真っ直ぐと会議室へ神下部長は来ていたので、初めて作業部屋に来た事となる。
そんな神下部長を見つけた今井は元気そうに声高く言った。
「神下部長。先輩は帰るそうです!」
「そうか。では睦月くんが来たら行こう」
「はーい!」
僕を置いて話が進んでいた。
何が予定されているのか僕は知らない、今日は神下部長と今井カナが忙しそうだ。
「何処か行くんですか?」
「せんぱーい。実は昨日、睦月さんに声を掛けて飲み会をセッティングして貰ったんですよ」
「なるほど。楽しんできなね」
僕がラーメンを食べた日当たりに今井は睦月に連絡して神下部長を捕まえようとしていた。飲み会をするためだと繋がって僕は納得する。モエと飲みに行く程にカナが仲良くなっていた事実には驚かされる。今井カナの社交性は優れている様子だ。
「あんたも行くのよ」
気がついたら後ろに万全の支度を終えた睦月モエが立っていた。
そう、僕は強制的に飲み会への参加が確定してしまった。睦月モエから逃げるのは困難で悪足掻きするだけ無駄なのは経験で知っている。
「せんぱーい今度はみんなで飲み会ですね」
「あぁ、そういえばそうだな」
楽しみにしている今井の顔を見て、僕は急いで支度を始めた。
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