2-04

       ◆


「おもねずに、おもう存分、赴くままに、面白く、そして重々しく軽やかに、植える。感情を植える。魔法を植える。表現を植える。作り手側が全知全能である必要はないのさ。観る側がぼくの意図を一〇〇パーセント読み解く必要もない。ね? 機構さん」


 〈撮影〉系の魔法陣がわたしの足元やレト先輩の肩越しや忙しく駆けまわるスタッフの合間やエキストラの頭上などから発動されては消えてまた発動されていく。


「どうしてそんなにつまらないまま生きていけるのか不思議でしょうがないよ。本名はなにか? 年齢は? 先月はなにをしていたか? 指紋を照合するようにぼくの陣紋を照合するから魔法を使ってみせろ。データ、データ、データ、検索をして一致するかどうか眺めているだけの堅実な人生は、つまらなくないの?」


 桜が狂い咲く坂道の車道に少しからだを斜めにして立つラムネさんは、せかせかと慌ただしい撮影現場からは時空を切り離されているみたいにゆったりと構えて、どことなくかなしげに首を傾げながら答えた。答えたけど、こっちの質問にはなにひとつ答えていなかった。


 ラムネのラム酒と根、というハンドルネームで活躍する最近話題の若手映画監督は、肩にかかるゆるいパーマの黒髪とレンズのおおきなサングラス、ベレー帽、体型が分かりづらいだぼっとしたロングパーカーに細身のジーンズ、ブーツと、やや古風だけど洒落た装いをした青年だった。本人に会うのは初めてのことでぜんぜん映画に興味が無いわたしでもちょっと緊張した。


 わたしたち――つまり犯罪課の先輩がたと執行課のレト先輩アンドわたしが手帳を掲げて現場に入り、迷惑そうだったり好奇心あふれてたりする視線に見守られて監督を呼びだしたのが数分前で、わたしたちは彼にまだ名前と年齢と三月中の行動と陣紋の確認について質問をしただけだったのに、そうしたら返事がこれだ。犯罪課の班長がうんざりした様子で大袈裟なため息をついた。


「あのねーえ、オレたちはオマエの御託を聞きに来たんじゃないわけ。事件捜査に来てんだよ。意味の分からん台詞でそれっぽく煙に巻こうとしないで、ちゃっちゃと質問に答えてくんない?」


 苛々しだす班長に相反してラムネさんの態度は余裕だ。


「ステレオタイプだな、機構さん。人間には、社会には、感情には、人生には、データ化できない細やかな機微が無数にある。わざわざ言葉にするまでもない無粋な事実を、しかしほんとうに知りもしないんだね。名前? ふふ、なんの色もない質問だ。つまらない。非常につまらない。なにか面白いことでもあるかと期待して応じたけれど、もう時間の無駄だな。仕事に戻っても?」


「戻っていいわけねえだろ!? 舐めるのもいい加減にしろ!?」


「舐めていないよ、がっかりしただけさ」


「オマエなぁ……!」


 学生服を着たイケメン俳優と美人女優が桜並木の歩道に出てきて台詞を練習している。


「堅実な実用性は、硬い。硬度がある。強度も。その硬さばかり身にまとう現代人は、関節の曲がらないプレートアーマーを着るようなもの。実用性と実用性の結合部分にあるはずのゆとり、つまりきみたちが無用の長物とおもって見過ごしているものの集合体こそが、人生、人生の『遊び』ってやつで、だからぼくは遊びを重視する。実用性なんか後まわしだ。描写不足だとよく言われるけどね、それを確信犯でやってのけるのが映画監督の仕事なんだよ。というわけで、ぼくはきみたちの退屈な実用性に用はない。仕事に戻らせてもらうね」


「コイツ、はっなっしっ通じねー!」


 うがーと天を仰ぐ班長を犯罪課がなだめ始めた。


 ――昼休みになにげなくつけっぱなしにされていた国営放送で新作映画の特集を見たときに、わたしは以前「ムメちゃん、研修飽き飽きしてるでしょう?」とソフィアさんからほんものの捜査データや証拠品を見せてもらう機会があったのをおもいだした。


 奇形の天使事件で七歳くらいの被害者が背にはやされていた羽根は、根元がちいさく外側におおきな羽根を上手く繋ぎあわせて作られていて、いっけん真っ白一色で、犯罪時にどんな魔法が使われたかひととおり調べられていた。


 わたしはこっそりと羽根一枚一枚の種類と住所を〈検索〉した。


 羽根は、さまざまな種類の鳥から取られていて、同じ鳥の羽根は一枚も無かった。


 住所は全国に及んだ。その地名リストは、今までなにとも一致しなかったけども、さっき昼休みにラムネ監督の作品の聖地巡礼旅行と一致した。


 偶然ではない。映画の聖地を調べたところ、番地まで正確に一致したのだ。


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 あけましておめでとうございます。いつもありがとうございます。


 一時間遅刻しました。年末年始休暇を人生初のゲーム機購入で遊び尽くしました。また毎週更新に戻ります。よろしくお願いいたします。

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