第26話 「少女の想い③」

 今日は気分転換も兼ねて小夜子とアウトレットに来ていた。

 ショッピングを楽しんでいると、私の目にかつて親友と呼んでいた少女が映り込んだ。

 田母神萌。

 世界有数の総合電機メーカーであるTABO電機創設者の孫である萌は、家同士はもちろん、父同士も仲が良く頻繁に交流があり幼稚舎に入る前からの付き合いだった。

 萌と小夜子、そして私。いつも三人で過ごしていた。

 この三人の友情は未来永劫だと信じていた。

 

 ――あの事件が起きるまでは。


 私にはごく一握りの者にしか知られていない特殊な力があり、この力に霞住グループの社長兼会長である祖父も副社長である父も依存している。

 

 あの日、幼稚舎の卒園間近の夕暮れ時。

 どこから情報がリークされたのか不明だが、私の力を狙った者達に誘拐された……萌が。


 ターゲットの私は家でのうのうと家族の団欒を楽しんでいた。親友が自分の代わりに誘拐され、怖い思いをしているというのに……。


 萌が誘拐された事が分かったのはちょうど夕食時、父に掛かってきた一本の電話によってだった。

 

 その電話は萌の父、僚一おじ様からで内容は至ってシンプルで怖いものだった。


 "萌の姿が見当たらない"


 萌の事を娘当然と思っている父も協力を惜しまなかった。

 

 世界有数の2つの大企業が本気を出したことで日付が変わる前には萌を救出することができた。

 現場には父に無理を言って付いていった。

 早く無事な萌の姿を見て安心したからだ。

 そんな私の耳に誘拐犯の恨み節が聴こえた。

 

”間違えた、お前が標的だったんだ霞住和奏”


 僚一おじ様は咄嗟に私の耳を塞いでくれたが時すでに遅し。一字一句すべての言葉が私の脳に刺さった。

 

 私が標的? どういう事? もしかして萌は私の代わりに!?


 様々な疑問が浮かび上がっては私の頭の中をグルグルと回っていた。

 そんな私の前を担架が横切る。

 担架の上には親友の萌がぐったりと横たわっており、額を抑えている布は鮮血によって真っ赤に染まっていた。

 恐らくショッキングだったと思う。何故なら、萌を見たその瞬間、私は、糸が切れた人形の様に気を失ったのだから。


 萌の意識が戻ったという知らせを受けて、私はいの一番に萌に逢いに行った。

 萌は怒っているかもしれない、私のせいで酷い目にあったのだから……。

 会ってもらえないかもしれない。

 萌に嫌われるのは怖い……でも、それでも、萌に謝りたかった。

 私のせいでごめんなさいって……。

 もう二度と口を聞いてもらえなくても、謝りたかった。


 そんな罪悪感に押しつぶされそうになっている私を萌はいつもと変わらずに迎え入れてくれた。

 私が無事で本当に良かったって喜んでくれる萌を見て、萌が怒っているだろうと罵られるだろうと思っていた自分が恥ずかしかった。

 

 その日を境に私は小夜子以外の者と距離を置くようになった。

 

「萌、元気そうだったね」

「そうですね」


 久しぶりの萌の笑顔が見れてホッとしている私に一つの疑問が芽生える。

 

「なんで、黒木君と萌が一緒にいるの!? ねぇ! 小夜子! どういうこと!?」

「お、お嬢様、落ち着いてください!」

「これが落ち着いていられますかッ! あの女ったらし!」

「お嬢様」

「何よ!」

「様子がおかしいです」


 アウトレットの敷地にかなりの数の黒服姿の押し寄せてきて、アウトレットの東サイドを封鎖し始める。


「なんなのあの人達? 急に現れて」

「エンブレムを見る限り、どうやらうるし会の者達のようです」

「うるし会? あの中堅の?」

「はい、同じクラスの漆畑の実家でもあります」

「漆畑? あぁ……坊ちゃん刈りが似合わない」


 漆畑はインパクトのある容姿のため、ぎりぎり覚えていた。 

 私は、通せん坊をしているうるし会の男に近づき何事かと聞く。


「少しの間ここは通行止めだ。学生は早く家に帰れ」


 高圧的な態度を取る男に腹は立つが話を続ける。


「あっち側には私の友人がいるのよ? ねぇ、ちゃんと教えなさいよ!」

「しつこいぞ!」

 

 私の事を煩わしいと思った男の手が延びてくる。

 それをそのまま見過ごす小夜子ではない。小夜子はいつの間にか抜刀し、剣先を男の首元につける。


「ッ……」

「おい! 何をしている!?」


 男の仲間たちがぞろぞろと集まってくる様子に男は勝ち誇ったかの様などや顔をむける。

「なにを安心しているんだ。貴様、誰に手を出そうとしているのか分かっているのか!? こちらは、霞住グループのご令嬢だぞ?」

「か、霞住グループだと!?」


 小夜子の口から私の正体を知らされた黒服の男達に緊張が走る。

 彼らは知っている、霞住グループのバックにいる組織が誰なのか。


「それで? これはどういう事なのかしら?」


 私が男達に詰め寄ったその時――


 東サイドから耳障りな悲鳴のようなものが聴こえてくると同時に空中に向かって何か黒い物体が飛んでいた。

 あれは……人?


「おい、救援要請だ! 急げ!」

「どういうことだ! 相手は高校生じゃなかったのか!?」

「しらねぇよ!」


 男達は、慌てて東サイドに駆けていく! 

 高校生というワードに不安が過る。

 

「萌!?」

「待ってくださいお嬢様!」


 小夜子の制止を無視して東サイドに向かった。


 東サイドに到着した私は驚くべき光景を目の当たりにする。


「……なによ、これ」


 黒服の男達がポップコーンの様にはじけ飛んでいく。

 その中心にいたのは、隣のクラスの風見さんだった。

 あどけない顔の女子高生が箒を振るう。すると、男達が吹き飛んでいく。

 そもそも箒ってなによ!?


「バケモノ……」


 そんな風見さんを見て夜子の口から漏れた言葉に私も納得した。

 それよりも、萌は!?


 この場所に戻ってきた一番の目的を思い出し、キョロキョロと周りを見渡す。

 腰を抜かしたかの様に尻もちをついている、漆畑といつも竹刀片手に威張り散らす剣道部の人。これがこの二人の差し金だと一瞬で理解する。

 そして、少し離れた場所でテーブルの上に座り退屈そうに欠伸をしている黒木君。

 あれ? 萌は? 萌がいない。

 黒木君が傍にいるならとどこか安心していたのに。

 

「あッ、お嬢様!」


 たまらず黒木君に近づく。

 黒木君はすぐに私の存在に気づき屈託ない笑みを向ける。


「どうしたんだ? そんな不安そうな顔をして」

「ねぇ、萌は? 萌はどこ!?」  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る