第6話「紫響」

「いやああああ、黒木君!」


 少女の悲痛な叫び声が耳に突き刺さると同時に火球は俺に着弾する。

 ズットオオオン!!


「ふん、クソがッ! 俺達の事を舐めるから痛い目にあうんだ」

「だね、アニキ」

「さっさと、女連れて戻るぞ宗次。急がねぇとサ〇エさんに間に合わねぇ」

「じゃんけん99週連勝中だもんね、今日大台だね」

「あぁ、ついに100週連勝だ。だがら、こんな事してる場合じゃねぇ」


 と赤頭と弟君は、少女に近づく。


「い、いや……ごめんなさい、くろき、くん。私が貴方にぶつからなければ……貴方に突っかからなければ……貴方とすぐ別れていれば……ごめんなさい……」

「ぎゃひゃひゃひゃ、宗次、この女泣いてんぜ? たまんねーな」

「そうだね、アニキ。たまんないね!」


 赤頭が少女に手を掛けようとするその瞬間!

 ブオオオオォォォォォォン!!

 轟音を立てて俺を包み込んでいた炎の塊がチリチリに消え去っていく。


「俺は、あんたとぶつかって、突っかかってもらって、話し相手になってもらって凄く楽しかったぜ?」

「く、くろき、くん」

「おう、黒木零様だ!」

「よ、よかったぁ……」

「だから言っただろ? 大丈夫だって」

「……うん、うん!」

「さってと、中々いい攻撃だったぜ? お陰で服がボロボロだよ」


 今の俺の姿は傍から見たら露出狂として後ろ指をさされそうな恰好だ。


「そんな……ありえねぇ……最大火力だったんだぞおおお!?」

「そうだろうけど、俺にとっては程よいぬるさだったよ。こう見えて結構寒がりだからさぁ、助かったよ」

「あ、あ、あにきッ!」

「うるせぇぞ、宗次!」

「あ、あ、あれ、あいつの上半身、胸のところ!」

「あぁん? ……あれ、は? ま、ま、まさかッ!?」


 俺の心臓辺りに施された魔法陣の様な契約紋を見て驚いているのだろう。

 これが【ベエマス】のエースとして俺が生き残れてきた理由の一つだ。


「てめぇ、まさか、特級精霊術師!?」

「ピーンポン! 出番だ、紫響しおん!」


 俺の呼び掛けに反応して、俺の身体に施された契約紋が渦巻く様に解かれていき、一拍置いて俺の目の前に轟音と共に紫色の雷が落ちる。


 紫色の雷が落ちた場所には、いつの間にか紫色のヒラヒラな小悪魔ドレスを纏った少女が立っていた。


「あるじ~~~」

「よっ、紫響」

「ひどいよ……全然呼んでくれないし!」


 ほっぺをぷくーっと膨らませて、不機嫌アピールしているこの少女は紫響。

 俺の精霊様だ。

 薄桃色のボブが似合うやや丸みを帯びた可愛らしい少女だが、紫響はこの世界に数体といない特級精霊なのだ。


 上級以下の精霊は、精霊王の配下であるが、特級精霊は各々が個別の存在であり、精霊王に匹敵する力を持っていると言われている。

 そんな特級精霊の特徴は二つを上げられる。

 それは人型である事と、一般の精霊の魔法と違う色を持つという事だ。

 紫響は雷の精霊。

 だが、その色は漆黒の闇の色に近い紫色の雷なのだ。

 そして、俺の胸に刻まれている契約紋も特級精霊術師の証だ。

 特級精霊との契約は術師の命を捧げる所謂終身契約なので心臓部分に契約紋が刻まれる事になる。そういう理由で奴らは俺の契約紋をみて特級精霊術師と言ったのだ。


「漆黒の雷……てめぇ、まさか、【黒雷のゼロ】……死んだはずじゃ……」


 俺が死んだとされているのは昨日の筈だが……すでにこんな末端まで話が広がっているのか? それともオヤジが手をまわしたかだな。

 恐らく後者だろう。

 まぁ、今はそんな事はどうでもいい。


「あんたの言う通り、【黒雷のゼロ】は死んだ! 俺は、一般人の黒木零だああああ! 紫響!!」

「あいさー! バッカだねぇ~君達、よりにもよってあるじに喧嘩を売るなんて! くらっちゃいなあああ! 【黒雷】!!」


 赤青頭兄弟の頭上に漆黒の雷が落ち「あぱぱぱぱっぱぱぱっぱぱぱ」と中々面白いリアクションを見せてくれる。


 そして、漆黒の雷が消え去り残ったのは、昭和のコントさながらに真っ黒こげで仲良く白目を剝いている兄弟だった。

 紫響には最大限力は抑えてもらった。


 腐っても上級精霊術師なら、死んだりはしないだろう。


「あるじ~~~~紫響、ちゃんと手加減したよぉ、えらい?」

「あぁ、よくやってくれた。えらいぞ」

「えへへ、じゃあ、紫響はあっちに戻るね。また呼んでね~」

「いつもありがとうな」

「うん!」


 紫響はハツラツな笑顔をのこして、精霊界へと戻っていった。


「黒木君!」と少女は、俺に向かって飛び込む様に抱きついてくる。


 少女ならではの柔らかさに包み込まれた俺は、「お、おう」と短く返すだけで精一杯だ。


「すごく、すっごーく心配したんだから!」

「あはは、大丈夫だって言ったじゃんか」

「それでも、普通は心配するものなのよ?」

「そんなものなのか? 俺そういうところに疎くて……」


 ここ十年、誰からも心配なんてされた事がないため、心配され慣れてないない。


「だけど、ありがとう……本当はすごく、すっごーく怖かった、心のどこかで黒木君が残ってくれた事にホッとしていたわ……ごめんなさい、ひどい女だよね、私」

「そんな事ないさ、こんなに可愛い女の子のどこがひどいって言うんだ? むしろ俺と一緒に居たかったって思ってくれたんだろう? 最高じゃねぇか!」

「もぅ、また、君はそうやって……」

「そういえば、まだ名前聞いてなかったな」

「ふふふ、そうだったね。私の名前は――」

「お嬢様ッ!」


 少女が名前を口にしようとしたのと同時に、俺達の背後から声がしたので振り向くと、俺と同じくらいに年頃のメイド姿のメガネっ子が仁王立ちでこっちを睨んでいた。


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