黒雷のゼロ~裏世界最強の精霊術師は平穏な日常を求む~
いろじすた
第1話「任務達成率100%の男」
202✕年4月1日
――四月といえば?
という問い掛けに人は何を連想するのだろうか?
新年度、入学式、出会い、お花見、花粉症辛い、タイタニック号沈没、GWまであと少し……と様々な連想が飛び交うだろう。
俺はというと、
その答えはずばり、“新生活”だ。
うん? ベター過ぎるって?
確かに普通の人にとっては「そんなありきたりな~」と思うかも知れない。
だが、俺にとってはそうではないのだ。
それについては、俺が置かれている現状故なのかもしれない。
俺の置かれている現状――
それは、今日という日を境に俺は
それすなわち昨日までの俺とはサヨナラという訳だが、
本当に一般人という股を引きちぎって垂直に脚を開いても超えることの出来ないクソ高い
うーん、信じがたい……。
巷では、今日はどんな嘘でも許される日だというが……まさか!?
いやいやいや、待て、待て、そんなはずはない。
落ち着くんだ、俺。
オヤジがこの世で一番嫌うモノ、そう……それは嘘だ。
嘘は裏切りの始まり――それがオヤジの口癖だった事を
だから、嘘のはずがねぇ。
俺はそんなオヤジとのやり取りを思い返す――。
「というわけで、貴様の役目は終わりだ【ゼロ】」
机と言うにはあまりにも重厚で巨大な木製のそれにピッタリ収まるサイズの巨体が俺に睨みを利かし吐き捨てるように言い放つが、
ひとまず俺は出されたお茶を一気に飲み干し、ふぅ~と深く息を吸い込む。
「はぁ? な~にがというわけでだ、とうとうその何も詰まっていないデカ頭がイカれたのか? ぱっぱらぱーなのか!?」
「……何だと? 小僧、口に気を付けろよ……ッ?」
俺の嫌味に機嫌を悪くしたバケも、いや、オヤジは今にも俺を殺す勢いで殺気を向けてくる。
「ちょ、冗談だって! ほら、オヤジがいつも言っている、あれだ、あれ、男は黙ってビークールだ! ビッ、クーぅル」
流石の俺でも本気で怒ったオヤジには勝てる気がしないので慌ててオヤジの機嫌を取る事に専念する。
「はぁ……貴様というやつは……なぜ任務の時とこうも違うのだ……」
オヤジはそんな俺の様子をみて肩を落とし、深いため息を洩らす。
「ほら、メリハリっていうか、オンとオフっていうかさぁ。ずっと任務モードだったら疲れるじゃんか」
「ふッ、口だけは達者になりおって。だが、それも一理ある。まぁ、それこそ貴様が【
そう言ってクククと笑うオヤジ。
なんとかオヤジの機嫌を損なわずに済んだらしい。
ほっとした俺は胸を撫でおろす。
さて、色々とツッコミどころ満載のトークを繰り広げているが、【
組織名は【べエマス】。俺の職場であり家だ。
そして、俺は名は【ゼロ】。
変な名前だって?
そりゃあそうだ、これは謂わばコードネームみたいなものだからな。
任務達成率100%、つまり任務失敗率0%と言うことで【ゼロ】と呼ばれている。
ちなみにそれ以外の名前はない。
【ゼロ】と呼ばれ始めてからはや10年、俺は未だに任務達成率100%を維持している。
まさに、組織のエースと言っても過言ではないだろう。
そんな、俺が、だッ!
「なぁ、どういうことか説明してくれよオヤジッ! 俺は物心ついてから、組織は家であり、みんな事を家族だと思っている! だから、家と家族を守る為に必死に死線を潜り抜けてきたんだッ!」
「あぁ、分かっている。ワシはそんな貴様を誇りに思っている」
「なら、なんでッ!?」
俺はオヤジのバカデカイ机に両手を叩きつけ、身体を乗り出しオヤジに迫る。
両手を叩き付けたせいで、オヤジの机にヒビが走る。
いくらこの机がオヤジのお気に入りだとしても、今はそれどころではない。
オヤジは視線をチラッと机に向けるが、すぐに俺の方へと視線を戻す。
そして、「俺にはルールがある」と口にしながら取り出した葉巻に火をつけ、ふぅ~とひとふかしする。
オヤジのサイズからして葉巻の大きさなどポッキーに等しいが、今はそれどころではない。
「この組織にいる奴らは一人残らず、みんなワシの可愛い子供だ。そして、子供には幸せになって欲しいってのが親心ってやつだ。だが、こんな環境だ。幸せもクソもねぇ。それでも子供達は、家と家族の為に命を掛けて任務を全うしてくれている。時には命を落とすやつも……少なくねぇ」
今まで見送ってきた家族を思い出しているのだろう。オヤジは苦虫を噛み潰したような表情で葉巻をふかす。
そんなオヤジの次の言葉を黙って待つ。
オヤジの図体に比べて葉巻のサイズが小さいため、ひと吸いで葉巻が一気に半分くらい灰になってギャグみたいだが、今はそれどころじゃないんだってば!
「だから、ワシはそんな我が子達のために一つのルールを設けている。それは、この過酷な世界で二十年間生き延びる事が出来るなら、その者に新たな人生を歩ませてあげようって、な」
「なッ、なんだよそれ……」
「まぁ、黙って聞け。何故二十年か。それは、こんなクソみたいな世界に足を突っ込んでいる奴らだ、いくら新しい人生を歩んだとしても何かしらの危機を伴う可能性がある。だからと言って貴様も知っている通りワシは、盟約によって助けてやれねぇ。だが、こんな死と隣り合わせのクソみたいな世界で二十年も生き延びた奴らなら、己の力で危機を切り抜けられると思ったからだ」
「じゃあ、今まで急に居なくなった……奴らは……?」
「あぁ、奴らの殆どは表の世界で新しい人生を送っている」
「はは、まじかよ……死んだとばかり……よかっ、た……」
「ぐっはははは! そうだな、よかったなぁ!」
オヤジは、何がおかしいのか上機嫌だ。
てか、笑い声がくそうるせぇ。
部屋の中、揺れてるし!
「なるほどなぁ。ずっとおかしいとは思ってたんだ。幹部クラス以外は異常に年齢が低いからなうちは」
こんなカラクリがあったとはな……。
「そう言うわけだ。分かってくれるか? ワシの親心を」
「いや、分かるけどよぉ、俺がいなくなったら誰がこの組織を!」
自惚れとかでなく、俺より優秀な者はこの組織にはいない。
「心配するな、貴様1人居なくなった所でダメになるほどこの組織……いや、貴様の家族は弱くない。それに、貴様はそれを良く分かっているはずだゼロ」
「ぐっ……」
あぁ……なんだか目頭がひどく熱くなってきた。
それになんだか頭もボーっとしてき、た?
あ、れ? なん、だ? か、らだの、ちから、が……。
「ふん、やっと効いてきたか……まったく、上級悪魔でも一瞬で落ちる睡眠薬が……相変わらずバカげたやつだな貴様は」
「ど、どう、いう事だ、おや、じ……」
いや、俺は分かっている。
くそ、さっきの茶に眠り薬を盛りやがったな……。
オヤジに出されたものだからって警戒していなかった自分を呪う。
やべぇ、気を抜いたら意識が飛びそうだ……。
「今まで本当に良くやってくれた、貴様の新たな人生に幸あらん事を……」
「お、おや、じ……く、そッ」
ここで意識を離したら終わりだッ!
俺はわずかに残った力を振り絞り、隠し持っていたナイフを取り出して自分の太もも目かけて振り下ろす――が、オヤジの分厚くてバカデカイ手によって止められる。
そして、オヤジは、そのままそっと俺の頭を撫でる。
ズッシリと重いそれがやけに温かく感じる。
あぁ……いつ振りだろう……オヤジに頭を撫でられるのは……。
化物じみた怪力の持ち主が故に子供達を傷つけない様に極限まで力をおさえ、最善の注意を払いながら頭を撫でるオヤジの手は、昔と変わらず小刻みに震えている。
そんな不器用な手の懐かしさで胸の中が温かくなってくる。
「やめ、ろ……そんな事、したら……気が……」
「もう一度言う。わしは貴様を誇りに思っている……息子よ……」
「卑怯だ、ぜ、お、やじ……」
そこで俺の意識は途切れた――。
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