本と鍵の季節 櫛森あれん

@Talkstand_bungeibu

本と鍵の季節

「ネエ、あなた毎日何を縫っているの?」

いつも店さきの席にすわって、ぬいものをしている女の人に、おもいきってはなしかけてみた。

「ドレスの裾の花飾りよ。よかったら近くで見ていく?」

その女の人は、ふわふわした焼き菓子のような色のかみの毛ときれいな甘いあめ色のおめめをしていて、そのめでこちらを見つめられて、むねがどきどきしたわ。

「ドレス……洋装よね? 女の人の…着る」

おそるおそるきいてみると、にっこりわらって、そうよと返してくれた。

「あたし、お針子なの。洋装専門のね」

見せてもらった花かざりは、手ぬいで作られたものとはおもえないほどぜんぶおなじかたちをしていて、ほんとうのお花なんかよりもずっときれいとおもった。

「あたし、まりやよ。鞠に哉でまりや。あんたは?」

「わ、わたし、鍵子。金へんの鍵で、鍵子よ」


それがわたしと彼女の出会いでした。まりやとわたしはまったくきょうぐうのちがうふたりでした。まりやはおはり子をしていたのです。わたしはいつも店さきにいるまりやにはなしかけて、なんとはなしにおしゃべりをしているじかんがすきだった。

「まりや、今日は何を縫っているの?」

そういいながらかってにかの女のせきのまえにじんとって、まりやの手もとを見ているのが、わたしのだれにもないしょのたのしみでした。

「今日は襟元のレェスを縫いつけているのよ。細かいところだから、ミシンじゃできないの」

まりやはぬいものをしているとき、いきいきとしていたわ。とてもたのしそうで、かの女はいろんなことをしっていたの。

「鍵子の名付け親は誰なの?」

「え? ……ええっと、お、お父様よ」

「鍵子のお父様は、西洋文化に明るいのね」

「どうして?」

「西洋だと、鍵は女性が預かるものだからよ。鋏や指ぬきなんかと一緒に、お嫁入りのときに贈られるの」

「そうなんだ。まりやは物知りね」

「母親が英国人だから、知っているだけ。全然、物知りじゃないわよ」

そういうとき(おかあさまのはなしをするとき)のまりやは、いつもさみしそうでした。おかあさまとなにかあったのか、わたしはそのはなしをさいごまできくことができませんでした。


「鍵子の締めている帯、素敵ね」

「え、これのこと?」

「そうよ、和本模様。可愛らしい。よく似合っているわ」

「べつに…そんな、いいものじゃないわよ。お、お父様が、見栄っ張りで買ってくれただけ」

「そう? それでも素敵よ。女学生らしく、勉学に励めってことじゃないの?」

「そ、そんな意味はないわよ…」

「……鍵子、よかったらわたしの働いているアトリエに来ない?」

「え!? い、いいの?」

「いいわ。鍵子なら、特別よ」


そういって、まりやがつれていってくれたばしょのことを、今でもせんめいにおもい出せます。

たなには色とりどりのぬのたち、やまもりの花かざり、きれいなきぬ糸たち。わたしはゆめのくににきたのかしらとほうけていうと、まりやはころころわらってみせて、そうかもね、ゆめのくにかもねといってくれたわ。


ねえ、まりや。わたしほんとうは女学生なんかじゃなかったのよ。ただのかふぇの女きゅうだったの。わたしね、みえをはったの。あなたにつりあう人になりたくて、うそついたの。

あなたって、かみのけもおめめもお菓子みたくって、よそおいはいつも男の人のきるようなかっこうのいいものばかり。わたしじゃあいてをしてくれないのではないかしらとおもって、でも、わたしあなたとなかよくなりたかったの。

せいようってどんなところかしら? すくなくとも、ここよりはとってもすてきなところかしらって、きいたら、じごくはどこもじごくだよって、わらっていたわね、あなた。あなたにさいごにもらった手かみ、わたしいまだによめないでいるの。





かぎこへ

かぎこ、あたしはほんとうはおはりこじゃないんだよ。ほんとうは、とあるかぞくのむすこがえいこくへいっていたときにおはりこのおんなをはらませて、うまれたのがあたしなの。こっちにつれてこられるまえまで、あたしはえいこくにいたの。もうすぐ、あたしはおよめにいきます。ここにいられるのもあとわずかなの。あんたがじょがくせいじゃないのなんてわかってたわ。だって、かんじよめないんだもの。ねえ、あんたはじぶんのことあんまりすきじゃないみたいだけど、あたしはあんたにあこがれてたわ。あたしのもってるものって、みんなあたえてもらったものばかり、じぶんでてにいれたものなんてひとつもないわ。あたし、あんたになりたかった。鍵子、かぎこってこうかくのよ。じぶんのなまえたいせつにね。じゃあね、げんきで。

鞠哉

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