宝石

夜狐。

1,



木枯らしが吹く冬の入り口で、私はと或る場所に来ていた。

周囲は田んぼと時々住居という、日本の田舎のイメージをそのまま描き起こしたような場所である。


舗装もされていない土の道を、黒いコートの擦れる音と遠くに走る軽トラックの排気音を聞きながら歩く。


この先に、今日の目的地があった。



私自らの意思でその目的地に行きたかった、という訳ではない。

本来ならば、このような寒い日は家の炬燵の中で蜜柑を向きながら怠惰に過ごしたいものだ。


身体を前から後ろに吹き抜ける冷たい風に耳を赤くし、手を隠しながら歩くなど、好んでやる事で無いのは火を見るより明らかである。



では、何故今この道を歩いているのか。

いうなれば「抽選が当たった」からである。


日本という"資源の種類多けれど、量が少ない"という博物館のような国に於いて、数少ないまとまった量がとれる宝石の加工場を、タダで見学させて貰えるというのだ。


商店街の抽選で何が当たるかも確認せず、惰性でガラガラを回して当たってしまうのは、運がいいのか悪いのかその場で悩んだものである。



とはいえ、そんな場所を見学することもこの人生で今後有るとも思わなかったのだ。


折角当たってしまったのだから、このまま逃すのも勿体ない。宝石の破片でも拾ってきても面白いだろう、と考えて此処に来た次第で在った。



「ここ…らしいな。」



暫く歩いて、先程より山が近づいたと思う頃に、目的地に着いた。


加工場と聞いたのだからもっと、それこそ工場のような建物を想像していたが、目の前に現れた目的地は一見普通の田舎の倉庫であった。


石垣で僅かに嵩上された土地に、小さな、恐らく住居であろう建物も一緒に建っていた。



恐らくは、木の骨組みにトタンを打ち付けただけの簡素な外壁。トタンは波打った場所が不均等な薄緑の塗料で塗られており、一部は塗料が剥がれ、錆びついている。


屋根は正面に向けて廂のように張り出した一枚板のような構造をしており、手前から奥にかけて下りの傾斜が作られている。


これは、外壁のトタンとは少し波打ち方が違うように見える。

入口は、正面に設けられた人が二人通れる程度の開口部らしかった。



「すみません、どなたかいらっしゃいますでしょうか。」



扉なんてものは無かったので、錆びたトタンを二回ほどノックした後にそう呼びかける。防犯上大丈夫なのかという疑問は残るが、田舎ならではの事なのだろうか。


呼びかけの後、程無くして倉庫の奥の方から白髪の若干老いた男性が出てきた。



「いやぁ、すみません。お待たせしてしまったようで。」



その男性は、頭を搔きながらそう言った。


手はいかにも職人という感じの、ごつく大きな手をしている。

宝石とはいえ、石の加工には力を使うのだろう。


どうやら作業の真っ最中だったらしく、鼠色の作業着は黒や白の粉が所々に付着して、入口から入る日光でキラキラと光っていた。


私は、軽い挨拶と自己紹介、本人確認をした上で、男性の後をついて加工場の中に入った。



「…ところで、本日は何処から。」


「東京です。二十三区ではなく、八王子の方ですが。」


「それはまた…遠い所からよくぞいらっしゃいました。」



加工場の中は相当に広いらしく、軽トラックの入るヤードや原石らしい石ころが詰まったプラスチックケース、何やら無造作に積まれた色とりどりの石等を移動中に見た。


大半は世間話をしながらの軽い解説だったので、それ1つ1つの説明は覚えていなかったが、軽く聞く限り、どうやら私が見る宝石は結構に癖が強いものらしい。



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