第155話 無職の少年、墓参り
人馬の集落、砂漠、魔法協会、雪山、火山、銀の森、湖。
見知った場所も、見知らぬ場所も。
世界を巡る。
冒険と呼ぶには穏やかに。
それでも多くの危険を教えてもらった。
「今日はどこに行くんですか?」
未踏の地など、まだまだ数多くあることだろう。
これまで行った場所は、全て魔族領だったはずだし。
人族領には行かないのかな?
「次に向かう場所で最後にしましょうか」
意外にも、終わりはあっさりと告げられた。
「……本当はね、此処にこそ連れてきてあげたかったのよ」
間近に世界樹が聳え立つ。
地面には、二つ並んだ石。
『エルフさんコロ? いらっしゃいポー』
「いつもありがとうね。少しの間だけ、外してもらってもいい?」
『構わないポー。ゆっくりしていくといいポー』
周囲には色とりどりの花が咲いている。
「えっと、姉さん? 此処はいったい……?」
もしかして、この花が危険だったりするんだろうか。
あれ? そういえば、外に居るコロポックルに会ったのは初めてかもしれない。
「此処はね、弟君のご両親のお墓よ」
「────え」
今、何を言われたんだ?
意味を理解できない。
頭が、上手く回ってくれてない。
「あの日、弟君を助けに行った後、ご両親の遺体を此処に葬ったのよ」
ドクン!
胸が強く痛む。
堪らず、その場に
「──か、はッ」
喉が詰まる。
声が上手く出せない。
「本当は、ドリアードの住処に安置してあげたかったんだけどね。この子たちは外に出ることを望んでた。だから此処を選んだの」
お父さん……お母さん……が?
ドクンドクン!
胸が痛い。
「……まだ、連れてくるのは早かったのかな」
涙が滲む目で見上げると、姉さんは悲しそうに辛そうにこちらを見ていた。
「ずっと教えてあげられなくて御免なさい。そろそろ大丈夫かと思ったんだけど、まだ辛いんだね」
視線を二つの石へと向ける。
涙が溢れ、頬を伝い流れてゆく。
「けどね、大切な思い出を少しでも多く、忘れていってしまう前に、弟君に伝えてあげたかったの」
姉さんが膝をつき、頭を抱え込むようにして抱きしめてくれる。
しがみついて、ただただ泣き続けた。
「あの、もう大丈夫ですから」
「ホント? 別にずっとこうしててもいいのよ」
「いえ。服を汚してしまって済みません」
「そんなこと、気にすること無いわ」
ゆっくりと身体が剥がされてゆく。
瞼が腫れぼったい感覚がある。
きっと酷い顔をしてるんだろうな。
「……姉さんは、よく此処に来てるんですか?」
「そうね、できるだけ来るようにはしてるわ。コロポックルにお願いして見張ってもらってるけど、やっぱり心配だしね」
そうだったのか。
全然気が付かなかった。
「もしかして、食料調達とかで出掛けてた時って……」
「ま、何かのついでにってことは多かったわね」
それで付いていくのを拒まれてたのかな。
姉さんの横に並んで、墓石を見つめる。
「他の集落の人たちは?」
「此処には無いわ。あの集落の跡地に慰霊碑が建てられてるの。そこに葬られてるんだと思うわ」
そんなことも知らなかった。
一度も見に行こうとしなかった。
いや、そう思うことすらしてこなかった。
「そっちはアタシがやったわけじゃなく、あの元団長がやったらしいけどね。勇者の報告を聞いて、急いで駆け付けたらしいわ」
ズキ。
頭が僅かに痛む。
ただ塞ぎ込んで、全てを拒絶していた、あのころ。
僕は何もせず、何もできなかったのに。
あの人たちは、動いていてくれたのか。
「それで許されることではないけどね」
声が硬い。
視線を移せば、手が変色するほど強い力で握り締められている。
そっと手を重ねる。
と、心なしか強張りが緩んだ気がした。
「優しい子たちだったわ。二人共、世界樹の集落で暮らしていてね。残念なことに、二人の両親は病気で早くに亡くなってしまって。それで、アタシやアルラウネが面倒を見ていたの」
声色が変わった。
いつもか、それ以上に優しい感じに。
「小さいころから実の兄妹以上に仲が良くってね。喧嘩なんて一度もしてないんじゃないかってぐらいよ。いっつも二人一緒に居たわ。とはいえ、妊娠したって聞かされた時は、それはもう驚いたものよ」
僕の知らない、二人の話。
何だか、別人みたく聞こえる。
お父さんやお母さんの子供のころなんて、想像もつかない。
トクントクン。
胸が僅かに疼く。
「そうして弟君が産まれて。ものすっごく可愛くって。そうそう、前にも少し話したと思うけど、このころにアルラウネがお風呂に入れたりもしてたのよ。アタシが入れると、何でか泣き出しちゃったりね。ふふッ、懐かしいわ」
流石に覚えがない。
やっぱり最初は世界樹で暮らしてたんだ。
少しだけ間が空いてから、話が続けられる。
「まさか、世界樹を出て地上で暮らしたいなんて言い出すとは思いもしなかった。何度も、何日も止めるよう説得したんだけど結局……もっと強く拒むべきだった、引き留めるべきだったのに」
また、声色が変わった。
苦しそうに、悔しそうに、そして悲しそうに。
「世界樹の麓の集落ってね、ずっと昔に人と魔物と精霊が一緒に暮らしてた村の名残なの。ドリアードにそれとなく見守ってくれるよう頼んだわ。それだけじゃなく、アタシも時折、遠くから様子を窺ったりとかもしてたわね」
言葉が途切れた。
重ねた手から震えが伝わってくる。
長い長い沈黙が続く。
「姉さん?」
「──ッ、御免なさい。フゥーッ、そう、あの日、アタシはそばに居なかった。気付いた時には全てが手遅れだったのよ。三人共、世界樹に運んだけど……助けられたのは弟君だけだったわ」
姉さんが来てくれたのは、ぼんやりと覚えている。
その後、気がついたらもう、家に連れて来られてた。
「すぐさま復讐しに行こうとしたけど、ドリアードとアルラウネに力づくで止められちゃってね。あんなに暴れたのは、ドリアードと初めて会った時以来かも」
……そっか、姉さんも。
もしかしたら、僕なんかよりも。
「って、世界樹に居たころの話を、もっとしてあげれば良かったわね」
「いえ。聞けて良かったです。また、聞かせてください」
「そうね。何も機会は今日だけってわけじゃないものね」
「はい」
ずっとずっと、姉さんと一緒に居たい。
けど、それだと姉さんはいつまでも自由にならない。
だからって、僕まで地上に出て行ったら、また姉さんを苦しめることにもなりかねない。
単に離れるだけじゃなく、何かいい方法を考えないと。
「また来ましょう。次も一緒に、ね」
「はい」
将来は空白のまま。
残る願いはただ一つ。
姉さんを助けたい、姉さんに幸せになって欲しい。
「弟君のご先祖様についても、沢山話してあげたいことがあるのよ。例えばそうねぇ、二本目の短剣って、実は──」
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これにて、本作は完結いたしました。
ちなみに、最後の台詞についてですが、白刃と称した短剣の元となっているのは、前作で登場した折れた勇者の剣を造り直した物になります。
また、主人公が天職を持たずに生まれてきた理由については、適性が勇者のみだったため、既に魔王と勇者が誕生していたことで、無職となっていたという設定です。
中々説明を挟む機会がありませんでした。
さて、まだまだ話は続けられそうですが、作者の力不足により、残念ながら前作ほどに人気が出なかったので、ここで一区切りとさせていただきました。
とはいえ、書きたかったモノは詰め込めたかなと思っております。
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