SS-4 姉の懸念

 弟君たちが遊びに出掛けた後、アルラウネに留守を任せ、再び精霊の住処へと赴いた。


 今度は隠れていなかったドリアードと対面する。



「――なんじゃ、また来おったのか」


「さっきは話しそびれたけど、聖都で幾つか気になることがあってね」


「――聞こうか」



 足元からつたが伸び、絡み合う。


 できあがるのは二組の椅子。


 向かい合うように座る。



「弟君がね、付いて来ちゃってたのよ」


「――なんじゃと?」


「目的は当然勇者。しかも間の悪い事に、当人と出くわしちゃって」


「――まさか、生身で挑んだのか」


「いいえ、ブラックドッグも連れて来ていて。魔装化を使ったのよ」


「――あるじと認めたと言うわけか」


「みたいね。これまでだって、あの人の血縁を守ろうとはしていたけど、魔装化までできたのは弟君だけ」


「――かつての勇者ならまだしも、あの子供では魔力が足らぬだろうに」


「まさにそれよ。どっちも魔力切れを起こして解除されたところを、連れて帰って来たってわけ」



 色々と想定外の事態が起こり過ぎた。


 弟君が来ていたこと。


 ブラックドッグを連れていたこと。


 勇者の登場、魔装化、戦闘。


 そこでも色々と知り得たことがあった。



「人族が聖都について言ってたわ。魔族や魔物を弱める力があるって」


「――精霊のみならず、そちらもか」


「ええ。やっぱり怪しいのは塔だとは思うんだけどね」


「――今は警戒されておるじゃろうしな。次の機会を待つか」



 流石に、塔の守りは外側だけではあるまい。


 内部にもそれなりの戦力は配してあるはず。


 そちらの把握ができなかったのは手痛いかも。


 っと、まだ話すことはあったわね。



「人族が妙な力を使ってみせたわ」


「――それだけでは分からぬ。どう妙なのか説明せぬか」


「直前まで持っていなかった武器を、いきなり出現させたのよ」


「――ふむ。魔装化に似た力、というわけか?」


「……言われてみればそうね」



 指摘されるまで思い至らなかった。


 人族が魔装化を使う?


 弟君のように?


 いえ、でも前提がおかしいわ。


 弟君の場合は、ブラックドッグの協力があればこそだもの。


 魔装化の形状は発現者の思うがまま。


 武器にも防具にも、翼を生やすことだってできる。


 あの女騎士が出してみせたのは槍だけだったが。



「――魔法を封じて200年余りか。人族が精霊に比肩し得るには、些か短過ぎる気がするのう」


「精霊の力を借りず、魔装化なんて可能なのかしら」


「――元となるのは魔力じゃしな。不可能ではないのかもしれん」


「そうなのだとしたら、かなり危険じゃない? アタシたちの優位性が損なわれるわけでしょ」


「――相手の側で戦えば、じゃがな」


「そっか、そうよね。でも、住処に招き入れるなんて真似はしないんでしょ」


「――当然じゃ。託されたモノもあるしな。いずれにしろ、人族がこれ以上力を付けるのは好ましくない」


「魔力を根こそぎ奪えないの?」


「――影響は人族だけに留まらぬ。全てを犠牲にする覚悟が無ければ行えぬな」



 王国が滅びても、魔法が封じられても、世界樹の壁に押し込められても。


 人族は諦めたりはしなかったのか。


 父を想う。


 かつての勇者を、父の仲間たちを想う。


 尊敬に足る人たちだった。


 世界の平和を願い、無益な争いをいとうていた。


 その意志は受け継がれたのだろうか?


 王国が滅びてもなお、教会が残った。


 そこを寄る辺として、人族は再起を図っている。


 ただ現状を維持するだけで、平和は保たれるだろうに。


 何故に変化を望むのだろうか。


 理解が及ばない。


 或いは、弟君もまたそうなのだろうか。


 勇者へ挑む意志は尽きない。


 いずれ再び、戦うことになる予感がある。


 それまでの間に、鍛えてあげる必要がある。


 そんな気がしてならない。



「――人族を滅ぼすのは容易い。が、それを望みはせんだろうしな」


「精霊だって困っちゃうでしょ?」


「――魔力を生み出す存在として、な」


「本当にそれだけかしら」


「――傑物などそうそう現われはせぬ。勇者も魔王も、所詮は神とやらが定めた規格に過ぎぬ」


「精霊が神を語るの?」


「――存在を否定などせぬ。わらわたちとて、造物に過ぎぬわ」


「何で人族は精霊を敵視するのかしらね」


「――脅威と認識しておるのだろう。魔物や魔族と同様にな」


「人族こそが脅威なのにね」


「――しかり。いい加減に自覚を持って欲しいものじゃて」


「っと、そろそろ戻らないと。弟君が帰って来るかも」


「――目を離すでないぞ」


「もちろん。だから当分は聖都には行けそうにないわね」


「――構わぬ。残された唯一の子。守れねば申し訳が立たぬ」



 父の言葉だけじゃない。


 アタシ自身が弟君を守りたい。


 そう思っているんだから。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る