第11話 無職の少年、精霊の住処
知っていたこと、知らなかったこと。
色々と聞くことができた。
頭に詰め込まれた情報を整理する。
いや、しようとしていたのだけれども。
気が付けば、姉さんに連れられて、とある場所へとやって来ていた。
樹上集落の中心部。
つまりは世界樹の中心たる巨大な幹。
慣れた様子で姉さんが手を触れる。
変化は一瞬。
そこはもう、先程まで居た場所では無かった。
茶色い枝や幹とは違う、緑溢れる世界。
広い空間は、隙間こそあれど、植物で覆い尽くされていた。
壁や天井を成すのは、無数の
日は常に天上に有り、この場を不夜たらしめる。
背の低い草が足を柔らかく
「あれ~? 誰も居ないねぇ~」
「そうね。奥に居るのかしら」
そう言うと、姉さんが壁に歩み寄り、手で触れてみせた。
壁を成す
「相変わらず、面倒な仕掛けよね」
「――親が親なら、子も子じゃな。明け透けな住処なぞ、危機感が足りぬと思うがのぅ」
声は通路からではなく、誰も居なかった背後の空間から届いた。
皆で振り返ると、そこには全身緑色をした女性が立っていた。
「母は関係ないでしょ」
「――グノーシスめの住処は、一部屋きりではないか。素朴ではなく粗暴に見受けられるがな」
「ひとんちにケチつけないでくれる?」
頭部からは髪の代わりに長い葉が垂れ下がり、服の役目も果たしている。
覗く肌も緑色。
人ならざる存在。
植物の上位精霊ドリアードだった。
「もぅ、脅かすのは卑怯だよぉー! ビックリしたじゃんかぁー!」
「――事前の知らせもなく侵入して来たじゃろうが。警戒して当然じゃ」
「思い立ったら即行動ってね。明日、外出する許可が欲しいのよ」
「――待て。それよりも先に、頼んだ件についての報告を聞かせて貰おうか」
「残念ながら塔へは侵入できなかったわ」
「――弾かれたという意味か?」
「いいえ。その手前で人族に妨害されちゃってね」
「――騎士どもか。それほどの手練れがおったのか?」
「目立ったのは一人だけかしらね。後はそうね、勇者が居たわ」
ブルッと身体が震える。
「――やはり教会に
「で、もしかしたら襲って来るかもしれないから、二人を鍛えておこうと思ったわけよ」
「――ここに人如きが侵入できるわけがなかろう」
「侮るのは誰にでもできるわ。賢明なら備えは怠らないと思うのだけれどね」
「――口ばかりが達者になりおってからに」
溜息を吐きつつ、ドリアードが膝を曲げ体を後ろへ倒してゆく。
すると地面から伸びた植物が、絡み合って椅子となり受け止めてみせた。
「珍しく賑やかね」
「あ、アルラウネだー!」
通路から現れたのは、これまた全身緑色をした女性。
ドリアードとの違いは、頭部から伸びているのが
姉妹のような似姿。
しかし精霊ではなく、こちらは魔族であった。
「オーガにボウヤまで居るのね。そこの筋肉に愛想でも尽かしたのかしら?」
「筋肉呼ばわりしないでくれる?」
「女らしさに欠けるのよねぇ。ボウヤの方が余程女の子に見えるぐらいよ」
「嬉しくありません」
何かにつけ、優しく構ってくれるのは有難い。
とは思うのだが、隙あらば女装させようとしてくるのが困る。
「あら、拗ねないで。やっぱりここで暮らしなさいな。筋肉がうつる前にね」
「あのねぇ……」
「――後から来て、会話に割り込むでないわ。して、外とはどこに行くつもりじゃ?」
「麓にある魔族の集落にね」
「外にボウヤを連れ出すつもり⁉ あの一件を忘れたの⁉ 一体何を考えて――」
「アタシがいつだって守ってあげるつもりよ。でも、危険から遠ざけるばかりじゃ、いざってときに自分で動けないわ」
「だからって」
「それに今回行くのは、世界樹の壁の反対側よ」
「――危険を危険と知ることも必要、か」
「そゆこと」
「――アルラウネは反対か?」
「当然でしょ! あんな悲しい別れは二度と御免だもの」
「――ならば付いて行くか?」
「え、でも……」
「――偶には外に出てみるのも良かろうて。最近は引き籠ってばかりおるじゃろ」
「野蛮な世界が嫌いなだけよ」
「あの集落なら心配無用だと思うけどね。何せ、頼もしいのがいっぱい居るし」
「アレを頼もしいとか……やっぱり同類なのかしら」
精霊と魔族とエルフ。
普段は見られない表情も垣間見える。
昔からの友達らしいけど。
「何よ、カッコイイじゃない」
「感性がどうかしてるわね。何であんなのが増殖したのかしら」
「――魔族側とは言え、危険は少なくはあるまいよ」
「でしょうね。危険を避けては意味もないしね」
「――ならば供を一体連れて行くが良い」
「いいの? 危ない目に遭うかもしれないのよ?」
「――守れ。傷の一つたりとも許しはせぬ」
天井からフワフワと漂い降りてくる10センチほどの球体。
これまた緑色。
「コロポックルだぁ! やっぱりカワイイねぇー!」
『よろしくポー!』
音ではなく意思が伝わってくる。
葉が折り重なるように球体を形作り、その中心からは顔が覗く。
手も足も無いが、跳ねたり飛んだりできる。
植物の下位精霊コロポックルだ。
「――して、
「ハァッ……念の為、仕方なく付いて行ってあげるわよ」
「ウチに一体欲しい!」
「――やらぬわ戯け。出立は明日じゃったな。
「別にアタシはここで構わないけど」
「態々迎えに来るのも手間だから、泊めてあげるわよ。ね、弟君」
「ベッドは余ってますし、大丈夫だと思いますよ」
「……? 何でベッドが余ってるわけ?」
「アタシのベッド、使ってないもの」
「は?」
「いっつも弟君と一緒に寝てるもんねー」
「アンタ、いい歳して何やってんのよ!」
「何よ! 歳はお互い様じゃない!」
「――
え、もしかしてアルラウネさん、厄介払いされたんじゃ……。
行きよりも数を増やし、騒々しくも帰路に着くのだった。
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