SS-3 女騎士への処罰

 全身を痛みと疲労が襲う。


 手強いどころではない。


 格が違う。


 槍まで使って勝ち得ないとは。


 何となく見覚えのあるこの場所は……教会の宿舎区画か。


 地上からこんな場所まで吹き飛ばされたらしい。


 聖都でこれほどの力を発揮できる魔族が居るなんて。


 壁に空いた穴からは、人々の声が聞こえてくる。


 戦闘音は途絶えて久しい。


 ワタシが勝てない相手。


 他の者では敵わないだろう。


 ならば、塔への侵入を許してしまったのだろうか。


 痛む身体を叱咤し、穴へと歩み寄る。


 表通りの街路は酷い有様だった。


 爆発でもしたように、石床は失われ、地面が抉れてすらいる。


 先程よりも大勢の騎士が現着しており、言葉を交し合っていた。



「状況報告!」



 穴から顔を覗かせ、声を張り上げる。


 すぐさま地上の騎士たちがこちらに気が付き、姿勢を正した。



「賊は逃走した模様。怪我人は複数居ますが、いずれも騎士のみ。被害は教会と街路だけのようです」


「追跡は?」


「現在も聖都内外を捜索中であります」


「塔の内部は?」


「侵入した形跡は見受けられません。また、猊下のご無事は聖騎士団の方から確認済みと伺っております」


「そうか」



 最悪の事態は免れたらしい。


 侵入を果たす絶好の機会だったろうに、何故逃走を選んだのか。



「それと副団長。聖騎士団の方がお呼びです」


「先に言え!」



 間違いなく今回の叱責だろう。


 よりにもよって、魔族の一体をここまで案内してしまったのは、他ならぬ自分自身だ。


 敗北然り、逃走を許したこと然り。


 処罰は免れ得ないだろう。


 武装したままの拝謁は礼を失するが、此度は非常時。


 相手の所在が判明するまでは、武装解除するわけにもいかない。


 申し訳程度に埃を手で払いつつ、塔へと急ぐ。






 造りかけの外観とは異なり、屋内は整然としていた。


 いや、無駄な物が一切無い。


 教会の方が、余程に豪華だと言える。


 石造りの通路を進めば、開けた空間に出る。


 空気が一変する。


 清浄な空気に包まれる。


 教会などすっぽりと収まってしまうであろう空間に、建造物は僅かしかない。


 広大な室内の中央、段々に重なる石垣の上。


 眩い光が収束している。


 光を集めているのか、それとも光を発しているのか。


 光の柱の中、背の高い椅子がある。


 視線を切り、段差の手前で跪く。


 頭上からではなく、横から声が掛かる。



「聖都内で戦闘が行われたそうですね」


「不始末が過ぎるな」


「やっぱ女じゃ駄目なんじゃねぇの」


「報告を聞こうかのぅ」


「報告のみ、発言を許可します」



 四者の声。


 教皇猊下の護衛を務める、四人の騎士。


 聖騎士団。


 団長すらも一人として勝てぬらしい強者揃い。


 姿勢を変えぬまま、事の顛末を話す。



「魔族、ですか」


「猊下のおわす御座に程近い場所まで侵入を許すとは」


「面白れぇじゃねぇか。どうせなら侵入して来りぁあ良かったものを」


「戯けめが。しかし魔族とはのぅ。魔王が遂に動きよるつもりじゃろうか」


「ワタシには分かりかねます」


「今は発言を許してはおりません。控えなさい」



 謝罪の意味を込めて、より深くこうべを垂れる。



「魔族の姉弟。両方捕り逃したのは手痛い失態だな」


「魔族の女ねぇ。どんなアジがするのやら」


「下種めが。猊下の御前じゃぞ、控えんか」


「折角の敵なんだ。たっぷりと楽しまなきゃ損だろ?」


「無駄口を閉じなさい」


「疑念がある。弟の方は人と寸分違わぬ見た目だったと」


「ふむ、確かに奇妙な話よのう。ライカンならば満月の夜に人型になるはず。いやそもそも、オスのみじゃしな。辻褄が合っておらぬ」


「しかし、獣の姿に変じてみせたならば、人の御業ではありますまい」


「姉の姿をしかと確認できておらんのも失着じゃて」


「魔族が活動を活発化しているのか、探ってみる必要がありそうですね」


「しかしじゃ、聖都を手薄にもできんじゃろう」


「どうせ雁首揃えて役立たずなんだ。使いっぱしりが似合いだろうぜ」


「団長を聖都に戻し、副団長には代わりに壁へと赴き、魔族の調査をして貰いましょう」


「あの小僧めはどうする?」


「折角の機会です。団長の指揮の元、他の騎士共々鍛え直させるべきかと」


「依存無い」


「んじゃあよう、そこの副団長さんへの処罰はどうするよ? オレに預けて貰えりゃあ、たっぷりと仕置きしておいてやるぜ?」



 震えを抑え込む。


 何をされるか、想像しそうになるのを必死にこらえる。



「アナタに壊されては敵いません。人は失敗を経て成長してゆくものです」


「寛大なことじゃな」


「おいおい、同じ女だからって、庇ってやしねぇか?」


「下種の慰み者になるのは、確かに見るにえませんね」


「ケッ」


「アナタは団長が聖都に到着次第、壁へと向かって貰います。修繕に関しては街路を最優先するよう周知させなさい。塔の建設を遅らせることはまかりなりません。分かりましたか?」



 発言は許可されていない。


 よって首肯のみで応じる。



「二度目は庇い立てもすまいて。精々気を抜かぬことじゃな」


「ケヒヒッ。そしたらオレの玩具だなぁ」



 怖気が走る。


 何故このような手合いの者を、猊下はおそばに控えさせておられるのか。


 理解が及びもつかない。



「猊下。此度の仕儀、かような決着と相成りました」


「――――」


「では粛々と退出なさい。今後はくれぐれも気を付けるように」



 立ち上がり、猊下に向かって一礼を。


 次いで踵を返し、すぐさま退出する。


 女性の聖騎士は、ワタシが幼いころからの知人でもある。


 今回は庇って貰えたわけだが、次はないだろう。


 特にあの男。


 騎士にあるまじき言動の数々。


 あの男の手にかかるのだけは御免被る。


 広間を抜け、通路へ。


 己の身をかき抱くようにして、塔を後にした。





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