SS-1 姉の後悔

 ピクシーで探知できないからと、探るよう頼まれたわけだったが。


 人族の主柱となっている教会。


 本拠となる聖都の最奥に建設中の歪な塔。


 聞くところによれば、世界樹を超えようとしているらしいけど。


 人族は何を考えているのだか。


 ピクシーの侵入を拒む場所。


 普通の建物なはずはあるまい。


 世界中の魔法が精霊により封じられて、早200年以上。


 つまりは魔法によるものではない。


 精霊の力を拒める人族の存在。


 そう、勇者などの天職を有する人族ならば、あるいは可能かもしれない。


 いやしかし、如何に勇者と言えども、脅威となっていたのは魔法に因るところが大きいと聞く。


 ならば別の天職持ちなのか。


 塔に潜むナニカ。


 長く続く平和を脅かす存在なのだろうか。






 塔って入れないのね。


 今もやかましく邪魔してくる騎士たち。


 国が滅び、取って代わるように教会がその権威を増した。


 騎士団もまた、その教会の力の一つ。


 むしろその最たるものと言える。


 魔法が封じられた人族など、脅威足り得ないのだけれども。


 この騎士たちはともかく、塔に潜むナニカに警戒されるのはよろしくない。


 正面から来ず、他からこっそり侵入すれば良かったわね。


 しかしこの状況、どうしたものかしら。


 素肌を見られるのは不味いので、全身をローブで覆っている。


 それはもう、傍目からしたら怪しいことだろう。


 現に騎士たちも見逃してはくれそうもない。


 既にちょっとした騒ぎになりつつある。


 どうせ騒ぎになるのなら、このまま力ずくで――。


 そんなことを考えていたら、背後から声が掛かる。


 様子から察するに、騎士たちの上役らしい。


 綺麗な女性。


 空色の髪は、どこか懐かしい人を彷彿とさせる。


 軽口を叩いたら、過剰な反応が返って来た。


 地面へと押し付けられてしまう。


 そろそろアタシの我慢も限界なのだけれど。



「姉さんから離れろぉーーー!」



 と、不意に聞き覚えのあり過ぎる声を耳が拾う。



「え……? 嘘、嘘でしょ? 何で弟君がここに……?」



 どうして聖都に?


 家から移動する前に、居たことは確認済み。


 ならば考えられる方法は一つ限り。


 アタシのゲートが閉じ切る前に入ったに違いない。


 アタシを追って……なわけもない。


 目的はきっと勇者の捜索よね。


 守れなかったのはアタシ。


 そばに居てあげたのなら、もう僅かでも早く駆け付けてあげられたのなら。


 後悔は尽きない。


 そうしてまた、弟君は傷ついている。



「――ッ⁉ 弟君!」



 緩んだ拘束を振り払い駆け寄る。



「付いてきちゃったのね」


「ぐッ、ゴメン、なさい」


「怪我なんてして欲しくない。傷ついて欲しくないから、アタシは――」



 アタシたちの遣り取りを余所に、騎士たちが一際騒がしくなる。


 原因はあの女騎士と、新たに増えたらしい騎士。


 その会話の一部、一単語を確かに聞き届けた。


 勇者。


 確かに勇者と呼んだ。



「勇者って、本当に本物の……? 何て皮肉。酷い巡り合わせね」



 舞台はここに、役者は揃ってしまった。


 そんな気すらしてしまう。



「勇者ぁぁぁぁぁあああああーーーーー!!!」



 怨嗟の叫びが空を裂く。







 弟君のローブが弾け飛ぶ。


 中から溢れ出て来たのは、おびただしい量の黒い霧。


 原因は弟君じゃない。


 体を霧と化せる存在。


 ブラックドッグに他なるまい。



「まさか、連れて来たの⁉」



 いいえ、きっとあの子も、弟君を守ろうとしているのね。


 アタシとは少しだけ異なる理由で。



「GYYYAAAAA-----!!!」



 変容してゆく。


 人とはかけ離れた姿へと。


 黒に限りなく近い赤。


 元の3倍ほどはあろう体躯。


 鋭い爪と裂けた口から覗く鋭い牙。


 ライカンスロープのように見えなくもない。


 人型の獣が顕現する。



「弟君……」



 本来は精霊しか用いることのできない、魔装化まそうか


 精霊ではない弟君が成せるのも、ブラックドッグに因るもの。


 騎士たちが弟君を取り囲む。


 そしてアタシの前には女騎士が立ちはだかる。



「弟が魔族ならば、必然的に姉であるアナタも魔族。塔への侵入が目的のようだが、ここで仕留める」



 弟君は魔族じゃない。


 人族だ。


 アタシも魔族じゃない。


 でも人族でもない。


 だからこそ、ローブで身体を隠しているのだから。



「最初から力ずくで押し通れば、きっとこうはならずに済んだのね」


「騎士が魔族如きに遅れは取らぬ」


「それはどうかしらね。弟君にこれ以上怪我を負って欲しくはないの。手早く済ませましょう」





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