第2話 彼の人生

「どういうことなんですか、これは!?」


 春樹は全力で奥田を問い詰めた。


「いや、えーと、ご希望の京王大生ですが......」


「ツッコミどころがありすぎて、どこからつっこんだらいいのかわからないっすよ!?いったい、何がどうなったら、こうなるんですか!?」


「それは、これを読んでいただくのが早いかと......」


 奥田はそう言って、懐から手紙を取り出した。


「山内由衣さんからあなたへのお手紙です」


「由衣から!?」


 春樹は手紙を受け取り、中を確認した。




 春樹へ


 春樹もNew Lifeの人格移植バンクに登録したと聞いて驚いたわ。

 私も少し前に登録していて、ドナーが見つかったの。

 イケメンのIT社長の妻なんだけど、独身に戻りたいって言って人格移植バンクに登録したんだって。

 こんなの二度とないっていうくらいの超優良物件よ。

 その旦那さんの写真見たんだけど、私一目惚れしちゃって、速攻で契約しちゃった。

 春樹がこれを読む頃には、私はイケメンでお金持ちの旦那さんに愛されて、幸せな第二の人生で送っていると思う。

 それで本題なんだけど、春樹、私の体と人生もらってよ。

 春樹、なんでか知らないけど、京王行きたがってたでしょ。

 おめでとう。

 春から美人京王大生よ(笑)

 それじゃあ、元の人生のことも、私のことも忘れて、新しい人生を楽しんでね。


 由衣




「嘘だろ......」


 春樹は絶望した。


 由衣が......

 どこの誰だかわからないおっさんのものになっちまった.....


「奥田さん!!由衣が移植されたのはどこの誰なんですか!?」


「そんなの言えませんよ!!守秘義務に反します!!」


 そんな.......

 じゃあ、もう二度と由衣に会えないのか......

 俺が、由衣として生きていくしかないのか......


「は、ははは......そんなのありかよ......」


 春樹は笑った。

 泣きながら笑った。

 ひとしきり泣いて、笑ったあと、奥田に勧められ、とりあえず由衣として由衣の家に帰ることにした。


 春樹を送り出したあと、奥田はため息をついた。


「こんなのすぐバレますよ......」




 その日から鈴村春樹は山内由衣として過ごした。


 現在の日付は、京王の合格発表から1か月が経過していた。

 学校のカリキュラムはもう終わっており、あとは卒業式くらいだった。

 ぼろがでないように春樹はもう学校には行かないことにした。

 由衣の友人たちには体調が悪いということにして会わないようにした。


 問題は由衣の両親だったが、そこはむしろ春樹は自信があった。

 幼稚園、小中高と、ずっと由衣と一緒に過ごしてきて、由衣のことならなんでも知っていた。

 無論、由衣の父親と母親のこともよく知っており、由衣になりすますのは春樹にとってさほど難しいことではなかった。


 困ったのは着替えや入浴だった。

 もうこの体は春樹のものとは言え、元は由衣の体である。

 春樹は律儀にもできるだけ目をつぶって、由衣の体を見ないようにしていた。


 そして、卒業式の日がきた。

 春樹は卒業式も休もうかと思っていたが、結局当日でることにした。

 幼稚園、小中高ずっと由衣と同じ学校に通い、由衣と同じ学校に通えるのは今日が最後である。

 そう思うと、何となく卒業式に出たくなったのだ。


 春樹はマスクをして、こほこほと咳をしながら、「感染するうつすといけないから」と言って、まわりとできるだけ会話をしないようにした。


 卒業式はつつがなく進行し、そして、卒業生代表の答辞が始まった。

 答辞を読むのは生徒会長の矢野で、春樹ともそこそこ仲の良かった人物だ。

 矢野はクールで有名な男だったが、マイクの前に立ったときにはすでに泣いていた。

 春樹は、さすがの矢野もこういうときは泣くのか、と微笑ましく思った。

 が、しかし......


「今日という日を......卒業生全員で迎えられなかったことが......残念でなりません......」


 矢野はむせび泣きながら、そう切り出した。


 そして、檀上では裾野から春樹のクラスの担任が現れる。

 両手で大きな写真を抱えていた。

 その写真に写っていたのは、鈴村春樹だった。


 え......


 写真を見て春樹は驚愕したが、矢野の答辞の続きを聞き、春樹の頭はさらに混迷を深める。


「鈴村春樹は、僕たちのよき友人であり、そして素晴らしい男でした。皆さんもご存知の通り、彼は大学の合格発表の帰りに、トラックに轢かれそうになっていた幼児を身を挺して守り、自身が意識不明の重体になりました。救命センターで手厚い治療を受けましたが、その日のうちに彼は帰らぬ人となりました。僕は彼を仲間として誇りに思います。僕たちはこれから、それぞれの道を歩み、社会人になっていきますが、僕たちは彼のような素晴らしい人間になると、天国の彼に誓いたいと思います」


 矢野の答辞はそれからあとも続いたが、春樹の頭にはもう入ってこなかった。

 激しい頭痛とともに、あの日の記憶が蘇ってくる。


 あの日、奥田と別れたあと、赤信号で横断歩道を渡っている幼児を見つけ、とっさに道に飛び出した。

 激しい衝撃と痛みを感じたあと、そこからの記憶がない。


 春樹は自分に何が起こったのか理解した。


 そうか......

 俺は......

 死んだんだ......




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