新しい人生インストールしませんか?

阿々 亜

第1話 インストール

「本当によろしいのですか?」


「ああ......」


「ソフトウェアはどう致します?」


「処分してくれ......」


「最終確認ですが、ハードウェアの所有権は当社に譲渡するということで宜しいですね?」


「くどい。好きにしろ!!もっとも、使い道があればの話だがな!!」


「かしこまりました。では、契約を履行させて頂きます」




 2044年2月、都内のとある大学の構内。

 そこには、未来の可能性に満ち溢れた100人以上の少年少女が集っていた。


「落ちた......」

「受かった......」


 同じ掲示板を見ながら、鈴村春樹と山内由衣はまったく真逆の言葉を呟いた。


「じゃ、お疲れ」


 由衣はそう言って、踵を返し、さっさと帰ろうとする。


「ちょ、ちょ、ちょ、待てよ!!もっと、他に言うことあるだろ!?」


 春樹はそんな由衣を必死で呼び止める。


「うん?あー......残念......」


 由衣はめんどくさそうにそう呟く。


「いや、雑!!第一志望に落ちた幼馴染に対して、もっと優しい言葉をかけるべきところだろ!?」


「あんたこそ、第一志望に受かった幼馴染に対して、なんか言うことあるでしょ?」


「あ......あー......おめでとう......」


「ありがとう」


 由衣はにっこりと笑い、春樹をその場に残して去っていった。


 くそ......

 まじか......


 春樹は心の中で毒づき、近くの小石をこんっと蹴る。


 春樹と由衣は幼稚園、小中高とずっと同じ学校だった。

 そして、大学......

 由衣の第一志望がこの京王大学だと聞き、偏差値が全く足りなかったが、春樹も京王大学を受けることにしたのだ。

 春樹は京王に受かったら、由衣に告白するつもりだった。

 そのために勉強も頑張った。

 だが、その努力は今無に還ったのである。


 春樹はとぼとぼと大学を出た。


「あのー、すみません......」


 そんな春樹に背後から声をかけてくる者がいた。


 春樹が振り返ると、そこには30歳くらいのスーツ姿の男が立っていた。

 七三分けに丸縁眼鏡、両手で黒い革製の鞄を持っている。


「失礼ですが......あなた、今、人生に絶望してません?」


 初対面でいきなりあまりにもな内容をぶつけられ、春樹は面食らう。

 普通だったら、無視して立ち去るところだが、本当に絶望の淵にいる春樹はうっかり答えてしまった。


「ええ......そうですけど......」


「おお、やはり!!大学の合格発表後に大学の前をうろついていれば、きっと人生に絶望している若人に出会えると思っていたのです!!いやー、素晴らしい!!」


「いや、人生に絶望してる人間に向かって、素晴らしいて」


「ああ、失礼しました!!いや、その、わが社のサービスにあなたはあまりにもぴったりだったので、つい......」


 男は焦って、何度も頭を下げたあと、懐から名刺を出した。


 株式会社 New Life

 研究開発部部長

 奥田健太郎


「研究開発部?」


 春樹は怪訝な顔をする。


「ええ。もしよろしければ、お話だけでもいかがですか?」




 怪しいことこの上なかったが、もう何もかもがどうでもよくなっていた春樹はやけくそで奥田に付いていった。

 二人は喫茶店に入り、コーヒーを頼んだ。

 そして、奥田は鞄の中から1枚のパンフレットを取り出した。

 パンフレットに書かれていた文言はさらに怪しさに満ちていた。


 人生をやり直したい......

 自分ではない人の人生を歩んでみたい......

 あの人になりたい......

 そんなことを思ったことはありませんか?

 お任せください。

 その願い、叶いますよ。


 一通り目を通した春樹は疑心に満ちた目で奥田を見た。


「これ......マジすか......」


「人間の脳というものは、とどのつまり情報の集積体です。近年、脳の情報記録の仕組みが完全に解明されたことと、コンピュータの情報処理性能が爆発的に向上したことにより、脳の情報を100%完全に取り出せるようになったのです。そして、その逆も可能で、取り出した情報を別人の脳に移植できるのです」


「要は、人格を別人に移せるっていうことですか?」


「その通りです」


 奥田は自信満々でそう答え、届いたコーヒーに口をつける。


「安全試験はすべて完了し、厚生労働省の認可も下りています。現在はマーケティングの段階で、サービス利用者を広く募っているのです」


「サービス利用料は?」


「1回10万前後に設定する予定ですが、今は宣伝に使えるユーザーのポジティブな感想が欲しいので、もし広報にご協力いただけるならば無料提供させていただきます」


「人格を移す先の人間はどうやって連れてくるんです?」


「サービスを利用される他の方の空いた体と人生を利用させて頂きます。なので、サービス利用登録者を一人でも多く増やさなければなりません。ちなみに私たちは、体と人生の提供者をドナー、被提供者をレシピエントと呼称しています」


「ということは、こちらの希望する条件に合うドナーが見つかるまで待たなければいけないということですか?」


「そういうことです。できるだけ早くサービスをご提供したいのですが、こればかりは......」


 春樹はそこで考えこんだ。


 自分は誰になりたい?

 どんな人生を歩みたい?


 俺が望むことはただ一つ......

 由衣だけだ......

 由衣と一緒にいたい......

 由衣と一緒に京王に通いたい......


「たとえば、京王大生、ないし、この春に京王大生になる人の人生を希望することもできますか?」


「京王大生ですか?京王大はたしか在学生が3万人くらいいたと思いますから、ドナーは比較的見つかりやすいかもしれませんね」


「なるほど」


「いかがですか?とりあえず、レシピエントとして登録されませんか?」


 春樹は、由衣と一緒に京王大学でキャンパスライフを謳歌している様を想像し、決断した。


「わかりました。お願いします」


 奥田は鞄の中から契約書を取り出し、さらに細かい免責事項などを春樹に説明した。

 一通りの説明を聞き終わったあと、春樹は契約書の最後の署名欄に署名した。


 契約が完了したあと、二人は喫茶店を出た。


「では、ドナーが見つかり次第ご連絡いたします」


 奥田は契約が取れたことがよほど嬉しかったのか、スキップをしながら去っていた。


 さて、とりあえず帰るか......


 予定外の時間をくったので、春樹は家路を急いだ。




「.........さん.........春樹さん.........鈴村春樹さん」


 自分に呼びかけてくる声で、春樹は目が覚めた。

 そこは病院のような白一色の部屋で、周りには見たこともない機械がたくさん置いてある。

 機械からはたくさんコードが伸びており、何本か春樹の頭につながっていた。


「あれ.........」


 記憶が混乱している。

 確か、自分は喫茶店を出て家に帰ろうとしているところだった。

 そのあとの記憶が全く無い。


「気分はいかがですか?鈴村春樹さん」


 春樹に呼びかけていた声の主は奥田だった。

 喫茶店のときと違い、白衣を着ている。


「奥田さん、いったい何がどうなってるんですか?」


「ドナーが見つかって、人格を移植したんですよ」


「なら、なんでその辺の記憶がないんですか!?俺が今覚えてるのは、奥田さんと別れて、家に帰ろうとしたところまでです!!」


「えーと......そのー......それはー......そう、あれです!!人格を移植するときの負荷で直近の記憶が一部欠損してしまうんことがあるんですよ!!」


 奥田はしどろもどろに答えるが、春樹は奥田の不自然な様子を気に留めず、次の質問をする。


「それで、俺はどんな人に移植されたんですか?」


 春樹は期待で目を輝かせる。


「えーと、それは、先日受験に受かって、この春から京王大学に通われる予定の方ですよ」


 春樹は心の底から喜んだ。


 これで由衣と同級生だ......

 これから4年間ある......

 その間に距離を近づけて......


 そこで春樹はあることが気になった。


「すみません。鏡ありますか?」


 そう、華の京王大生といっても、顔が不細工だったら、由衣に相手にされないかもしれないと心配になったのだった。


 奥田は部屋のどこかから、A4くらいの大きさの置き鏡を持ってくる。


「えーと、そのー、見ても驚かないでくださいね......」


 奥田がためらいがちに鏡を春樹に向ける。

 春樹は期待に胸を膨らませながら、鏡をのぞきこんだ。

 そして.......


「な、なんだ、これー!?」


 鏡に映ったのは、セミロングの黒髪に、くりっとした目の少女だった。


 その姿は、春樹が想いを寄せる幼馴染の少女、山内由衣その人であった。



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