第92話
「その様な殿方、居りましてもダメですわ」
延登子は、きっぱりと言った。
「私達は、貴族の殿方にとりましては、ただの使用人ですもの。何をしても許される相手です。その場限りで捨てても、子など知らぬ存ぜぬで済ませられる相手。そんな殿方を信じては、明里は幸せにはなれません。私は私の使用人だけは、良い相手を選んでやりたいのです。それが仮令同じ使用人同士であろうと、互いを思いやれる相手ならば、女は幸せなのです」
「………と言っても………二人の気持ちが重要だよ?」
「………ですから………」
「そんな事を言う君を見てるとさ、君はただ僕と結婚すれば、待遇がいいから……だから結婚した様に思えてくるよ?」
「そ、それは違います。私は、この様な地位を頂けるなんて、これぽっちも思っておりませんでした………他の殿方同様………母の様になっても、それでもよいと思ったから………だから………」
延登子が必死に言うから、宮部は優しく最愛の妻を見つめた。
「………だったら明里の事は、佐藤君に任せよう?あの性格じゃ、サガさに結婚迄進みそうではないけれど、だけどああいうタイプは、お嫁さんを大事にすると思うよ?かなり頼り無いけどね………」
「………その方がよいのです………殿達は身分とかで、見下したり致しませんもの」
「僕らは、しがないサラリーマンの倅で庶民だからね。それを恥だなんて、思った事はないよ。両親共一生懸命働いて、小さな家をローンで建てて、そして子供達を大学迄行かせてくれた。当然格差はあったけど、平和で幸せな国の平民だ。そしてたぶん此処と同じくらい、生活環境も悪くはない………」
「………ならば、よいお国でございますね?此処はほんとうに、市井の者達にとってもよい国ですもの」
「うん………たぶんそうだ………庶民が垣間見る事もできない、高い所に住む人間の方が、きっと幸せを感じる何かが狂ってる」
延登子は宮部の言う事に、納得したのかしないのか、ただジッと夫を見て笑った。その顔が佐藤の言う通り、美し過ぎると宮部は思った。
さてさて思いもよらずに、此処に来るまでは、考える事すらできない立場だった佐藤が、信じられない事に縁談なんか降って湧いてしまった。
それも超可愛い、佐藤のタイプど真ん中の明里さんとは………。
えっ?どうしよう……それでなくても、身の回りの世話をしてもらうだけで、心臓バクバクだったのに………。
佐藤の懇願によって、お風呂上がりは自分で全部している。
………なんで此処の貴族男子は、使用人という女性に、裸とか見せて恥ずくないんだ?佐藤の友達には、男子である友達にすら、裸を見せるのを嫌がるヤツがいたが………。とはいえ、そいつもプールとか海では、海パン姿だったけども………。
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