「好きだ」と伝えるため俺たちは革命を起こした~ある弱小藩の明治維新~

anna

のどかな平賀(ひらが)藩

平賀城にて

絶対に逃げ切ってやる!

伊三郎いさぶろう|はお城の廊下を全速力で駆け抜けていた。


きっかけは「本日は殿の代わりとして」金糸の羽織と一緒に言われた言葉。


いつもそうだ。

普段は誰も俺のことなど気にしてないくせに、時々こうやって大袈裟に扱う。

今日こそは絶対に代わりになんてなるもんか!


廊下の端まで来ると反対側から人の声がする。伊三郎は慌てて横にあった小部屋に隠れた。


「新郎さまの顔見た?」

「見ました。素敵な方でしたね」

栗林くりばやしのお嬢様も悩まれてたようだけど、あの方なら私が嫁ぎたいくらい」

「姉さん、もう結婚してるじゃないですか」

「そうだっけ?」


伊三郎は女達が通りすぎるのを息を殺して待っている。

と、背後にすすっと人の気配がした。


振り向くと、そこにはまるで人形のような少女がこっちを見ている。


「ひっ」


だが少女は必死に口に人差し指を当てて、静かにしろと言っている。

座敷童ではないのか?


「だれだ!」

「こう」

少女は人差し指を何度も口に当てて、どうやらしゃべるなと言っているらしい。

意味が分からない。

その先を聞こうとすると、もう一つ衣擦れの音が聞こえてきた。


「あの方が大瀬おおせ様よ」

「伊三郎様のお付きの?」

「そう。大瀬様も大変よね。いつも伊三郎様を探していらっしゃって」

「鬼ごっこのおつもりなのでは?お可愛らしいじゃないですか」

「そんなにいいもんじゃないでしょ?知らないの?」


伊三郎はドキリとした。

この後、何を言われるのかなんとなく分かったから、


「だって側室のお子よ」


いつだってそうだ。

殿の子と言っても、正室を母に持つ兄上がいる限り、必要のない次男。

だが普段は誰も気にもしないないくせに、何かあると「瀬戸せと家の人間だから」と駆り出される。


お飾りで座ってなんかいられるか。


「それでもいいじゃないですか。我々とは身分が違います」

「お母様がいらっしゃったら、まだ良かったでしょうけどね」


母上がいたら…


伊三郎は、その事は考えないようにしていた。なぜなら泣きそうになるからで・・・


「女の話は長いからな」

ふいに少女が声を出した。

少女は障子の向こうをにらみ、さくらんぼのような口をキュッと引き結んでいる。


この子はなんでこの部屋にいたんだろう。

かくれんぼでもしているのか。


本人はいたってまじめに隠れているんだろうけど、派手な衣装で、部屋の真ん中にちょこんと座っているところを見ると、すぐに見つかってしまう方だろう。

見つかって口を尖らせる方だな。


伊三郎が笑いそうになると

「ようやく行ったな」

少女が突然振り向きこちらに微笑んできた。


「あ?あ、そうだな」


「おまえも逃げてるのか?」

丸い目をくりくりさせて少女が聞いてくる。


「おまえではない。伊三郎だ」

教えてやったのに、

「ふーん」

全く興味を示してこない。


「伊三郎も逃げてるのか?」


コテンと首をかしげ、伊三郎を見てくる少女に、なぜか伊三郎は落ち着かなくなってきた。


「おまえも?」

聞けば少女は小さくうなずく。

「私がいなければ姉さまは結婚などしなくていいのだ」

「ん?おまえがいなければ?」

「そうじゃ。ばあやが言うておった。姫様がいないと婚礼が始まりませんって」

「誰だ。おまえ」

「さっき教えただろ。こうじゃ。栗林の次女。栗林 紅」


あぁ。そういう意味だったのかと伊三郎は少し前のことを思い出した。


「紅は婚礼をやめさせたいんだな?」

「私がじゃない。姉さまがしとうないんじゃ」


小さな唇をとがらせる紅に、伊三郎はこの少女の望みを叶えられるのは自分しかいないという気になってきた。


「紅。俺に任せておけ。2人で逃げよう」

「うん」


自然と手をつないだ2人は、そっと障子を明け、廊下に誰もいないことを確認して、走り出す。


きっと2人なら逃げきれる。そんな気がしていた。

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