木槿国の物語・日日是好日
高麗楼*鶏林書笈
一
はじまり
市場の店を開きながら少年は胸をときめかす。今日は遊覧曲芸団の興行の始まりの日なのだ。
ただ商売を投げ出して見に行くことはさすがにまずいと思っていたところに画員夫婦がやってきた。
「興行、見に行かないのか」
画員が言うと
「店があるんで」
と少年が残念そうに答えた。すると
「俺が留守番してやるよ」
と画員が言ったので少年は礼を言い、画員の妻と共に興行舞台である広場に向かった。
それを見送った後、画員は店の奥から酒瓶を持ち出して飲み始めた。
「留守番代だ、安いもんだよな」
一人で誰にも干渉されず酒を飲める幸せを画員は満喫するのだった。
呼ぶ
—誰か呼んだかな
綱渡りを見ている少年は、今はそれどころではないので敢えて無視する。
少女は空中回転をし見事に綱上に戻る。その後も彼女は次々と綱上で様々な技を披露した。
「おい!」
少女が地上に降りた時、少年はやっと応じた。
「なんだ、生員どのか」
隣に座った常連客を放って少年は次の出し物である仮面踊りに熱中した。今は得意客よりも興行が大事なのだから。
陶酔、もしも
「もしも、さっきの娘に会えたら、どうする?」
生員は少年に言ったが、仮面踊りに夢中の彼は気付かなかった。
興行が終わった後、店に戻った少年のもとに生員は件の娘と青年を連れて来た。
娘が少年に挨拶すると、彼は陶酔した表情になり応えられなかった。
映画、応える
「どう?」
画員の妻は先日の遊覧曲芸団の仮面踊りを描いた絵を広げた。映画の一場面を切り取ったような躍動感があった。
「すごい」
少年は見惚れている。
「見事だ、曲芸団の団長に贈りたいので売ってくれないか」
生員が言うと
「そのつもりで描いたの、持って行って」
と妻は快く応える。すると画員は
「相変わらず気前のいいことだ」
と笑った。
* * *
もう一度
「あの綱渡りをもう一度見られるなんて、ツイてるなぁ」
扶桑国の王宮前広場で行われている遊覧曲芸団の興行を見ながら少年は興奮した口調で言うと
「さすが木槿国一の興行団ですね」
隣にいたパティシエ船員が答えた。
「ところで、この桟敷席、どうやって手に入れたんだ」
「長者の御招待です」
少年は船員が賭博をやめていないのを確認した。
ディテール 扉
扶桑国の王弟の屋敷の前に着くとパティシエ船員は、
「あの扉の向こうに黄金の客間があります。床は西域の大理石でディテールまでこだわっていますよ」
と少年たちに説明した。
「よく知っているなぁ、見たことがあるのか」
「いえ、出入り業者が俺の賭け友なんで」
船員は頭を掻きながら答えた。
半分、遺失物
「失くした財布、戻って来たんだって」
厨房で鍋を磨いていたパティシエ船員に少年が言うと、
「はい、扶桑国の遺失物取扱処に届けられていました」
と船員は応じた。
「それはよかった」
「だけど、銭が半分になっていました」
「使い込まれたな」
「残った銭で一勝負して三倍にしました」
少年は答えに窮した。
リピート
「あいつ、えらく張り切ってるなぁ」
厨房で動き回っているパティシエ船員を見ながら少年が言うと
「この間、長者の家に納品した料理のリピートオーダーが来たんだ」
と船長が教えてくれた。
「確かに料理はうまい」
「ああ、賭博さえしなければ、今頃、もっといい生活出来ただろうな」
「本当に!」
不滅の、象嵌、おわり
「王宮の壁の象嵌を手掛けた職人、多くの不滅の業績を残したって言うけど晩年は良くなかったな」
少年が言うと
「人生の終わりに悪い女に引っかかって無一文になりましたからね」
とパティシエ船員が応えた。
「お前も気を付けろよ」
「大丈夫ですよ、女を見る目には自信がありますから」
船員は胸を張った。
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