第二章 最終話 マリーゴールドからのラブレター
突如話しかけられた男三人は驚き声のする方へ振り返る。その方角には漆黒のローブで身を隠した女がいた。
「だっ!…誰だお前は!!」
「誰だって言われても、その部屋の持ち主としか言えないわね…」
「持ち主!?ここには小娘が住んでるはずじゃあねーのかよ!!」
「そう…まだ分からないようだから親切に教えてあげるけど…貴方達、嵌められたのよ?」
「嵌められた…だと…!?あの店主気づいていやがったのか!?」
計画がバレていると知り焦りを隠せない三人。ローブの女はそんな三人に言葉を告げる。
「貴方達がコソコソと皇女ちゃんを嗅ぎ回っているのには気がついてたわ、だからまんまと罠に掛かるのを待ってたんだけど…こんなにもあっさりと引っかかるとは、ある意味予想外かもね。」
すべてお見通し、そんな風に言わんとしている女に対して男達は怒りを抑えきれなかった。三人は軽く目配せをするとゆっくりと女を取り囲むように動き出す。
「ふざけた真似を…だからなんだってんだ!!こちとら男三人で全員冒険者だぞ!!女一人で何ができるってんだ!お前をここでぶっ殺せば問題ねぇだよなぁ!?」
「こちとら荒事には慣れてんだぞ!」
ハゲ男と瘦せぎす男は腰に下げていた得物を引き抜き構え、義手男は義手をガシャンと構えた。しかし、それを見た女は顔色ひとつ変えずに淡々と告げた。
「…貴方達は既に“詰み”なのよ。冥土の土産にいい物を見せてあげましょうか。出血大サービスって奴よ。」
そう告げると女はローブを脱ぎ捨てた。肩まで伸びた緩いカーブを描いたブラウンの髪が風に揺れ、かけていた黒縁の眼鏡を小さく掛け直した。
「なんだよビビらせやがって…ただの女じゃねーかっ…ってオイ!!お前らどうした!!」
ローブを脱ぎ捨てたと同時に義手男と瘦せぎす男が金属音を立てながらうつ伏せに倒れた。倒れた男二人の肩には薔薇が咲いているように刺さっており、その白い蕾は血を吸い上げるように根本からゆっくりと、徐々に赤く花開いていた。
「なっ…あんた何もんなんだよ!!なんなんだよ!!」
「私はこの街を任された者の一人、普段はただの花屋だけど…その正体は、この街の幸福を制御する者。貴方達はこの街の立ち入っては行けないところに触れてしまったのよ。」
恐怖のあまり腰を抜かして、尻もちをつきながら後ずさるハゲ男にゆっくりと近づいていく。
「たっ…頼むっ!!すまなかった!!!もう二度と彼女には関わらない!!…だからっ…頼むっ…!!」
「ここはソートハウル街、平和であれと作られた街。秘書様と皇女ちゃんの大切な庭を踏み荒らそうとした罰はたっぷりと受けなきゃいけないのよ。」
そう囁くと震えるハゲ男の肩にゆっくりと白い薔薇の花を差し込んで行く。すると花はじわじわと赤く染まり花開いていく。ハゲ男の意識が遠のいていき地面に沈んでいく。
「乙女の秘密は言わぬが花よ、覚えときなさいな。」
地面にひれ伏した男達をそのままに花屋は通りへと戻って行った。
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ハゲ男が目を覚ますとそこはコンクリートの部屋の中だった。窓一つないその空間はじっとりと嫌な空気が満ちており、居るだけで神経がすり減らされるのを肌で感じることができた。気だるさを覚える身体を動かそうとすると手足に違和感を覚える。視線を向けると金具で固定されている事が視認出来た。力を込めて外そうとするがビクともしない。ガチャガチャと虚しい抵抗の音だけが辺りに響く。
「くそっ…何処なんだここは??…なんで俺は…」
ハゲ男が状況を掴めずにいると部屋の奥からカツンッカツンッと硬質な音が響いてくる。窓もないコンクリートのこの部屋では小さな音でも不気味に響く。
しばらくすると奥の通路のような場所から一人の女が姿を現した
「あっ!!!やっと目を覚ましてくれたんですね!☆随分とねぼすけさんですこと!☆」
近づいてきた女の姿は一言で表せば異常であった。にっこりとした笑顔にはおびただしい量の返り血が付着しており、修道服に身を包んだ彼女は身体の至る所が赤黒く染まっており、不快な鉄の臭いを漂わせていた。片手に持っている何か判別できない物からは液体が滴り落ちており、床に赤い水溜りを作り出していた。
「なっっ!?!?…なんだお前は!?それにここは何処なんだ!?!?」
男は狂乱するかの様に喚き散らす。そうすると女は困ったような笑顔を浮かべながら近づいた。
「もうっ!!起きてすぐワーワー五月蝿い人ですね☆そんな貴方にはこうです☆」
そういうと彼女はそっと彼の右手に手を重ね、
「えいっ☆」
いとも容易くペキリと男の小指をへし折った。
「あがっ……!?うああああああああああ!!!」
男の苦痛に満ちた叫び声が木霊する。痛みに身体を任せて男が暴れ出そうとしていると女は子供を叱るように優しく言い聞かせながら更に続け様に薬指をへし折った。男の叫びがさらに悲痛に満ちた物へと変わる。
「もー!☆さわいじゃダメって言ったのにどーして喋っちゃうんですか!☆」
そう言いながら女が中指に手をかけた時に男は理解した。これは自分が叫ぶ限り続くのだと、その為男は歯をくいしばって喉奥から湧き出る悲鳴を抑えきった。そうすると彼女は子供を褒めるかのように拍手をしながら喋った。
「お!!やっと我慢出来ましたね!☆いい子いい子です☆それじゃあ聞きたいことがあったらなぁんでも聞いて良いですよ?☆」
混乱と恐怖に怯えつつも男は顔を悲痛に歪ませながら質問をした。
「ここは…何処なんだっ!お前はなんなんだっ!」
「ここは私の秘密の部屋☆教会の地下深ーくにあるんですよっ☆そして私は街のアイドル!!シスターちゃんです!!☆」
彼女は戯けたように頬の横にピースを作りながらウィンクをしてみせる。キラキラとしたアイドルのように決めポーズをキメる。その姿が血で染まっていなければさぞかし華やかだったことであろう。
「ふざけるなっ!!他の仲間は何処へやったんだ!!」
「他の仲間ぁ…?☆ああ!!あの人達ですか☆それならこれですよ☆ほら!!☆」
そういうと彼女は手に持っていた物を男の前に見えるように放り投げる。男が良く眼を凝らすと、それは仲間の男が着けていたはずの義手だった。それは血に塗れており至る所がぼろぼろにひしゃげて無惨な姿になっている。
「!?!?!?あいつはっ!!どうしたんだ!!」
「彼は結構長いこと耐えましたねー☆おかげさまで楽しめましたっ!☆……まぁついさっき死んじゃいましたけどねー☆」
さらりと告げられた真実に放心する男。そんな男を観ながらシスターは語り出す。
「それにしてもこの街は良いですねー☆おもちゃで遊んでも後始末してくれる上に、お仕事としてお金までくれちゃうなんて!☆本当に秘書ちゃんには頭が上がらないですねっ!!☆」
そう言いながら部屋の隅に置いてあった箱からどれにしようかなぁ〜☆と楽しそうに口ずさみながら何かを取り出すシスター。その正体は金属バットであったが、いびつに歪んだそれにはグルグルと鎖がまかれており、その合間から鋭利な金属片が姿を覗かせている。そして異様なまでに赤黒く固まりこびりついたその棒を担ぎながらシスターはあっけらかんと答えた。
「…さてさて☆…お話はこのぐらいにして始めるとしましょうか☆お楽しみのショータイムです☆景気良く行きますかっ!☆」
元気にブンブンと凶悪な鈍器を振り回す彼女に男は泣き叫びながら懇願した。
「頼むっ…!!!!帰してくれ!!もうこんな事はしない!!神に誓うから!!頼む!!!お願いだっ!!!!」
するとシスターは動きをピタリと止め、彼の顔に近づいた。
「神に誓う……?ウフフッ……良いですねそれ、試してみましょうか。貴方の祈りが神に届いたかチャレンジしましょう。」
シスターは満面の笑みで鈍器を振りかぶり告げた。
「貴方に神の御加護があらん事を祈ります☆」
シスターは全力で男の腹めがけ凶器を振り下ろした。
鳥も寝静まる真夜中、男の叫びは街には届かなかった。ソートハウルの朝はまだ来ない。
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次の日の昼、今日も賑わう喫茶店に少女が転がり込んでくる。
「ギリギリセーフです!!」
「アウトよ、早く着替えなさいな。サンドイッチ置いておくからね。」
「うえぇ…でもっ!マスターさん!!みてくださいこの服!!やっと買えたんですよ!!可愛いですよねぇ!」
「あら可愛い、よく似合ってるわ。」
「えへへぇ…」
ソートハウル街、今日も様々な秘密が交錯しながらこの街は平和な日常を繰り広げているのであった。
第二章完
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