Junk box stories 【ジャンクボックスストーリーズ】

鰹武士丸

第一章 1話 秘書とバンドと探偵と



 まだ街の喧騒も少なく、朝の鳥のざわめきが聞こえる頃。一人の女性が談話室へと向かっていた。ここは東大陸にて最大の領地を誇るオルガムート帝国のシンボル、オルガムート城内である。豪華絢爛煌びやかな城にてゆったりと歩みを進めている彼女はその若さながらも皇室秘書を務めるエリート才女。

彼女がこの帝国にて、かかせない存在である事の理由の一つに一人の男がいた。

23代目オルガムート皇帝、彼に対する評価は国内でも賛否両論であった。その類稀なるセンスとカリスマ力から「鬼才」「人類の頂点頭脳の持ち主」「帝国史上最強の皇帝」との呼ばれ方をするときもあれば、そのおちゃらけた態度と悪癖とも呼べる女癖の悪さから「女性の敵」「稀代の女たらし」「帝国一の残念男」とまで呼ばれる始末。まさに帝国政府事情は不安定な状態を極めていた。しかしそれに待ったをかけたのが彼女であった。徹底したスケジュール管理にて皇帝を縛り上げる手腕、十人分の仕事を捌き切る圧倒的な手際の良さ、外交など帝国外に赴いての仕事もこなしており国外からの評価も非常に高い。

宮廷内では「皇帝の飼い主」などと囁かれている程である。

そんな彼女も日が昇るより前から始めていた書類整理と財政報告にひと段落つけ、待望のティータイムを行おうとしていたわけである。



「さぁてさて…今日の紅茶はダージリンに決まりねっ!それと今日の朝刊は〜と……ああ!あったあった…」



もはや毎朝のルーティーンとなりつつあるこの談話室での休憩も今日ばかりは気分の良いものになっている、なぜなら今日は…



「あぁ〜早く仕事を終わらして、推しに会いに行かないと!!」



推しのライブの日なのだから。

「Mol gonna」、今帝国劇場にて話題沸騰中の新進気鋭バンドである。ボーカル、ギター、ベース、ドラムのシンプルな四人編成から繰り出される重厚な音の響きと、ボーカルのハイトーンシャウト、ギターのオーラ溢れるテクニックによって観衆の心を鷲掴みにしているバンドだ。その中でも最近人気なのがギター担当の彼である。その爽やかなオーラと愛嬌溢れる仕草、眩いばかりのスマイルに帝国淑女はことごとく撃ち落とされているのである。

かくいう彼女もその一人であり、推しの彼の為に給料を投げ捨てるだけでなく、自身の力を駆使して浮かせた国家予算を帝国劇場の設備にぶち込んだり、彼の周りを嗅ぎまわる薄汚い記者やストーカー女などを権力を駆使して牢にぶちこんだりした。それで良いのか国家権力。

そんな彼女が愛してやまないバンドが本日定期ライブを行うので、彼女はまさに浮き足立っていたのだ。



「さて…休憩とはいえ新聞から街の動きは知っておかないとねーどれどれ………………えっ?」



するりとカップが手元から零れ落ちる。

談話室にカシャァンという甲高い陶器の割れる音が鳴り響く。その日の朝、城内の人々は絹を裂く様な悲鳴を耳にしたのだった。



所変わって、ここはソウレス街。オルガムート帝国から北西に位置するその街は昼夜問わず霧の立ち込めており、この街は太陽の昇っている時ですら薄暗くじっとりとした雰囲気な街となっている。そんなじめじめとした街なのだが今日は一段と朝から良い空気とは言えないお昼時となっていた。それは一つの新聞が原因であった。

「人気バンドMol gonnaのギター、突然の失踪!!!」そうデカく見出しに書かれた新聞にはこう綴られていた。

『今朝未明、バンドマネージャーより警察へ通報があった。昨晩からバンドメンバー全員で劇場横のホテルに宿泊をしていたのだが、昨晩のリハーサル以降姿が見えず、ホテルの自室はもぬけの殻だったと言う証言が出ている。部屋は閉じられており、争った形跡も無かったとされている。警察は失踪だけでなく誘拐の可能性両方を視野に入れて捜索中である…』そう書かれている文面を一瞥した後、彼は新聞への目線を上へと向かわせた。



「失踪ねぇ…なんだか、怪しいもんだけど…」



そう呟きながらぼんやりと霧のかかった街を見下ろして、香り立つコーヒーを飲んでいるこの男を説明しよう。

彼はソウレス街の一等地に事務所を持っている探偵。依頼人に対する態度は粗暴だが依頼解決率は90%を超えると言われている。

街では音楽鑑賞中の彼に話しかけてはいけないという暗黙の了解が広まっており。依頼失敗の1割は音楽鑑賞を邪魔されたからなのではともっぱらの噂である。

そんな彼が楽しみにしておいたチョコレートケーキに切れ込みを入れているとき、玄関先からドタバタと階段を駆け上がる音が鳴り響いてきた。そしてドアが開け放たれた。



「すみません!!!!!探偵さんはこちらでしょっ…」



そう言いかけた青年の顔のすぐ横の壁にケーキナイフが突き刺さった。



「………え?」


「あのさぁ…もう少し静かに上がってくるぐらい出来ないの?こっちの都合も考えられない?」



突然の出来事に固まる青年だが、ナイフが飛んできたという事実に段々と顔を青ざめさせる。



「あの!!!すっすみませ「うるさいんだけど?」……んでした…」


「二度も言わすなよ、頭イかれてんな……で、何の用?依頼?」



そう言われた青年がしどろもどろながらも語り出す。



「あっあの…自分は…オルガムート帝国伝令担当の…「そういうのいいから、依頼内容は?」…すみませんこちらです…」



そう言って青年は鷲の押印がされた封筒を差し出した。探偵は平然と中を破って確認する、かいつまむと手紙にはこう書かれていた。

「バンドが戻らないと国がヤバいからギター担当を見つけ出してくれ。報酬はかなり出すby23代皇帝」

何故こうなったかと言うと、先ほどの朝まで遡る。

凄まじい叫び声に眼を覚ました宮廷警備兵が談話室へ駆け寄ると秘書が倒れ込んでいた。



「だっ大丈夫ですか!!!!!」



声をかけられた秘書が青ざめた顔で震えながら起き上がる。その手はわなわなと震えていて普段の雰囲気とはまるで違っていた。



「……………終わりだ……」


「え?」


「この世の終わりだ!!!!!!!!」


「一体なにがどうなさっ…ぐへぇ!!」



秘書は警備兵を突き飛ばし凄まじい勢いへ私室へと閉じこもりそれ以降出てこなくなったのだ。どれだけ呼びかけても中から聞こえるのは絶望を伝える震え声のみ、一切の姿を見せなくなってしまった。

この事態に慌てたのは大臣一同。なんせ国の中枢を担う秘書が機能停止に陥ったのだから上へ下への大騒ぎ。何とかして機嫌を直して貰おうとあの手この手を使うも秘書は


「推しが居ない世界に意味はないの…」


の一点張りである。大臣たちは早急に皇帝に現状を訴えるが、


「えぇ〜それは割と困るけど…二日三日したら出てくるでしょ???」


多分そんなに甘くない。大臣たちの心がそろった瞬間である。何とかして出してもらうように懇願する大臣たちに対して、こんな事さっさと終わらして街の女の子と楽しく茶を飲みたい皇帝は、


「じゃあさ、誰か解決できそうな奴見つけてきてよ。今日中ね。」


しばらくの沈黙の後蜘蛛の子を散らすように各部署に散らばった大臣たちが、片っ端から捜査に長けた者を探し続けた結果、探偵に白羽の矢が立ったのである。



「なるほど…秘書に頼りきりの国とは随分と面白くなったんだな帝国は。」


「そんなこと言ってる場合ですか!?国からの勅命なんですよ!?大丈夫ですよね!?」


「いや、別に受ける理由ないし。」


「え!?!?!?!?」


「まぁ今丁度仕事してないし、受けるけどね」

「どっちなんですか!?!?」


「受けるって言ったじゃん、馬鹿?」


「えっ!?あ…いや……すみません…」


「じゃあ行こうか。」


「え?何処にですか?」


「決まってんじゃん、現場よ、現場。道案内してくれんでしょう?」


「はっはい!案内します!ついてきてください!」


慌ただしく青年は立ち上がり外へ走り出そうとするが、突如探偵に両頬をガシッと掴まれる。



「ふうぇ!?はんへふは!?」


「最後にもう一回だけ言ってあげるけど……静かに動け。」



込められた力が強まっていく。



「次破ったら…死刑な」


「ふ…ふぁい…」



解放されてへなへなと座り込む青年。それを何の感情も込めていない目で眺める探偵。

なんとも不安な二人はオルガムート帝国へと足を運ぶのであった…


             

             to be continued…

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