夢日記。旅日記。

柴崎健太郎

コッペパン

僕はどこか知らない国を旅している。

知らない国の大きな川の堤防沿いを歩いている。

薄曇りの空は暗く空気は冷たい。

川の水は茶色く濁っている。

泥でぬかるんだ堤防のわだちを歩く。


川の中に一台の巨大な重機が沈んでいるのが見える。

工事などで使う黄色いパワーショベルだ。

その鉄の塊は錆びだらけで、朽ち果ている。

どうやら廃棄され捨てられているようだ。


少し歩くと川の水は干上がり、土に覆われている。

そこには巨大な黄色い重機が十台ほど

山積みになって打ち捨てられていた。

突然、そのなかの1台がドーンと低い地響きを鳴らし

ゆっくりと転がった。地面が大きく揺れる。

地響きはエコーのように、しばらく耳の中で木霊する。


堤防の端まで歩くと、車の行き交う広い通りに出た。

たくさんの車が猛スピードで僕の前を駆け抜けてゆく。

もう夕方になり、辺りは暗くなり始めている。

そろそろ泊まっている宿に戻らないといけない時間だ。

だが、ここがどこなのか分からない。

僕は道に迷っていることに気づき、少し焦る。


道を聞くためコンビニに入る。店内は明るくにぎやかだ。

若い白人のカップルが東洋人の僕を珍しそうに見る。

店員にここがどこなのか聞くが言葉が全然通じない。

「ドゥー・ユー・ハブ・ア・マップ?」と店員に言うと

シーシーと頷きながら地図コーナーを案内してくれた。


買った地図を見てみるが、宿の場所が思い出せない。

ともかく町を歩いていると小さなパン屋があった。

小麦を焼く良い匂いがした。空腹だった僕は

その匂いにつられ店に入る。店内には人の顔ほどもある

大きなコッペパンが棚の上にずらりと並んでいた。

他の種類はないので、コッペパン専門店なのかもしれない。


パン屋の店の奥には小さなミニシアターのような場所があり、

映画を上映していた。僕はソファーに座りコッペパンを

食べながら映画を見る。言葉は分からないが喜劇のようだ。

まばらだが他にも客がおり、皆声を出して笑っている。

そのうちに睡魔に襲われ、僕はうとうとしてくる。

ハッと目が覚め、あたりを見るが店内は真っ暗で誰もいない。

他の客や店主も皆、もう帰ってしまったようだ。


僕は店の外に出てみる。外は真っ暗で通りには誰もいない。

とりあえず歩き始める。車が数台、ヘッドライトの眩しい光を

放ちながら通り過ぎる。しばらくすると一台の車が僕の前で

止まった。窓から顔を出した運転手が「タクシー?」と言って

僕の顔を覗き込むように見る。何か嫌な予感がして、僕は咄嗟に

「No、Noタクシー」と返事する。運転手は呆れたような顔をし、

大げさに肩をすくめると、また走り去っていった。


それからしばらく暗い夜道を歩いていると、歩道のわきに

1人の少年がポツンとしゃがんでいるのが見えた。

ボロボロのハンチングを被っている。そして裸足だった。

親に捨てられたジプシーなのかもしれないと思った。


その少年は僕に気づくと、こちらをじっと見ながら

なにやら外国語でぼそぼそとつぶやいた。

僕が手に持っている食べかけのコッペパンを見ているようだ。

腹が減っていて、このパンが欲しいのかもしれない。


僕が恐る恐るパンを差し出すと、少年はひったくるように

それを掴み、それから一心不乱にムシャムシャと食べ始めた。

僕が「OK?」と尋ねると、少年は一瞬食べる手を止め

大きな目をギロッと僕に向け、小さくコクリとうなづいた。


そして少年は、僕をじろじろと観察するように見ると

「スタシオン。スタシオン。」と遠くを指さしながら言った。

その方向をよく見ると、明るく照らされた大きな建物が

あることに気づく。どうやら駅のようだ。

少年は僕が道に迷っていることを察して、鉄道の駅を

教えてくれたのかもしれない。


僕が礼を言うと、その少年は何か外国語でつぶやくと

また下を向いてコッペパンをムシャムシャと食べ始めた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る