無機質依存 / 娘娘

追手門学院大学文芸同好会

第1話

 暗闇の中、天井に反射した月明かりがまるで生きているように大きく揺れ動く。

それと同時に窓の外で1台の車が静かに家の前を通り過ぎる音がした。


 ベッドに寝転がり数時間、慣れきった静けさに今更何か思うことも無い。

 月でも星でもなく、ましてや部屋の豆電球でもなく、最も人工的なスマートフォンから発する眩い光が全てを忘れさせてくれるのだから。


「……はぁ。」


 大きなため息をつき、忙しなく液晶画面の上を滑っていた指が止まった。


 そして、次はただ何をするでもなく液晶画面を見つめ続ける。すると一気に聞き馴染みのある無機質な音が部屋を満たした。


 ピロンピロンとなり続けるスマートフォン。

 その原因となっているアプリを、騒がしい子供に理解を示す心境で開くと、今までの遠慮のなさが嘘だったかのように鳴り止んだ。


『こんばんは!お話しませんか?』


『ひま』


『あえる?』


『いまなにしてるー?』


『はなそ』


 眼前には10件以上ものメッセージ。見えるだけのものでも大体同じような内容の文字が並んでいる。


 そんな面白みのないものを一瞥したのち、指を忙しなく動かし始めた。作業のように、頭文字と予測変換のみで文字を打つ。


 ――今日は寝れなくって!良かったらお喋りしてください!


 こちらから送る初めの文章も決まって同じだから何も迷うことは無い。

 打って送信。ただそれだけ。相手に対する情などほとんどない。些細な嘘をつくことも、相手のメッセージに対する無関心な対応も、躊躇うことなどない。無機質で無感情。傍から見ればそう感じるに違いないだろう。

 明日には消え去るであろう縁。今夜だけの友達。会話の中で相手を理解することは無いし喧嘩も共感もない。上辺だけなのは変わらない。


 自身でも何が楽しいのかと思うこともある。


 だが、そんなことを考え液晶画面から目を離すと、月明かりが自分を避けるように照らす場所を変えていた。

 自然なほど、普通であるほど無慈悲で残酷なのだ。今もこうして無機質なものから目を背けたことで虚しさと後悔が押し寄せる。


 ここには無機質にみえても無機質でない感情が渦巻いているのだ。

 刹那の特別感と、夜に感じる寂しさが。無機質さを、あたたかいものへと変えてくれる。


 文字も行為も現実も何年変わっていないだろう。

 それでも、見ず知らずの相手から必要とされ満たされる感覚に未だ酔えるのは、自分自身も何ひとつ変わっていない証拠だ。

 目の前の快楽に酔いしれ、変わらなくてもいいと諦めや開き直り、そして身勝手な絶望を微かに抱きながら、今夜も狭い世界で愛想を振り撒く。


 車の音に癒されることの無いその日まで。




あとがき

インターネットで人と話すときの心境というか、闇の部分のみを抽出してオブラートに包んで提供してみました。でも、結構ネットっていいものなんですよ。

昔からネットを通して人と話すのが好きで、いつしかネットが一つの居場所となっていました。いろんな価値観に触れて、自分が成長できたのはネットの人たちのおかげだと思っています。現実の厳しさからは何も学べなかった愚か者ですが、無機質の向こう側にあるあたたかみを知ることができて、宝物だと思える人に出会えました。

ネットは怖いです。何があるかわかりませんから。所詮はネット上での関係です。縁は脆いしいざというとき役に立ちません。

ネットの友達は友達じゃない。ネットは怖いし依存にもなるからやめた方がいい。たくさんの人にそういわれてきましたが、それでも心のよりどころとして、数ある中の一つの居場所として、幸せを見つけられる場所には違いありません。

インターネットのある時代に生まれてきてよかった。

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