EP:06 新人研修 前編

テミス「勉強会を始めるぞ」


ヒア・アシャート「「おー!!」」

テルミシア・ガード「…はぁぁ…」


ホワイトボードの前に立つ人物が一人、勢いよく拳を突き出す人物が二つ、項垂れる人物が二つ、そして淡々とプリントを配って行く人物が一人。

恐らく、項垂れている二人と拳を突き出した二人はわかるだろう。プリントを配っていたのはセミター、ホワイトボードの前で油性ペンをくるくると回しているのがテミスだ。どうやら、勉強会の教師役はテミスのようだ。


エッジ「…えっと、とりあえず聞きたいんだが、何を学ぶんだ?」

テミス「主に奇石術とエリクサーに関すること全般だ。時期を見計らっていつかはお前に社会についてと戦術論理についても学んでもらうつもりだ」

セミター「本来なら一定の教養があるかを確かめるテストがあるのだが…お前はスカウトという体で加盟したから、知能テストと実力テストはスカウトした隊が取り持つんだ。俺が手伝ってるのはただの暇つぶしだ」


彼らの言葉を聞きながら渡されたプリントに目を通していく、基本的な算数問題にテルノ語、ロアト語、ウィンター語などの多言語についての問題、更にはどのような思考をしているのかを知るためなのかトロッコ問題などの思考実験もあった。


ヒア「もちろん、戦場での応急処置の方法については私が教えます」

アシャート「奇石術に関しては私がやるわよ。セミターくんは何を教えるの?」

セミター「そうだな…テミス、貴方はエリクサーについてだろう?なら、俺は社会について教えよう。これでも昔は教師を目指していたんだ」

テミス「任せる」


プリントの算数問題を解いていき、(恐らく中期学生の範囲の問題が6割、残りの四割は後期学生の学習内容だった。問題なく解くことができた)次は多国語のページに移る。解き終わったプリントはセミターに渡しておく。荣耀には行ったことはないが欧陽の主要三国語である、テルノ語、ロアト語、ウィンター語は旅をしていたおかげで一通り理解はしているのだが、逆にいえばその三カ国語以外は理解をしていなかった。


テルミシア「ええ〜…荣耀語なんてそんなにわからないよ…」

ガード「あぁん?ベクトルの範囲は苦手なんだ…くっそ…」


二人とも問題に苦戦しているようだ。


テミス「そうだな…残りは30分にしよう。それが終わったら一つずつ振り返りといこう」


残り時間の指定に内心焦る。プリントの量と残り時間を考えるとそう流暢に考えている時間はないようだ。

それをわかってか、先ほどまでぶつぶつと不貞腐れていたガードもテルミシアも黙って集中していた。

なんとか最後の問題まで解き進めようと、俺も集中する。

次の問題は…戦場で傷をした時の対処についてだった。


………プリント解答中〜


エッジ「終わった…!」

ガード・テルミシア「「あぁぁっ!間に合わなかった!」」


テミス「セミター、採点を任せた」

セミター「わかった」


二人してどうだった?まずい。私もという絶望感を漂わせながら話している二人は深くため息をついた後に俺の方に会話を広げてきてくれた。正直なところありがたかった。


ガード「エッジはどうなんだ?最後まで問題解けたか?」

テルミシア「旅をしてたって言うけど他国語どう?私はダメダメだよぉ〜…」

エッジ「いや、わからない…わかる言語はあったけど…」


この問題はどうだった?これの答えはこれだよね?そう言った会話をしばらく続けているとテミスがホワイトボードに何かを書いていたのが完成したのか、手を鳴らして、三人の会話を止めた。

テミスが書いていた図は恐らく、エリクサーの組織体系についてだろう。

一番上にはアラネアという文字、その下にある括りとしては技術部、行動部、生産部、後方部、経営部とある。

行動部の一番上にはホワイトディーラー隊やレピドライト隊、そして護衛専門隊といったものもある。


テミス「さて、エリクサーについての授業だ。テルミシアとガードはもちろん理解しているだろうから、エッジに教えてやれ」


ガード・テルミシア「「了解!」」

エッジ「よろしく頼む。それで質問だけど、エリクサーの理念っていうのは社会悪の根源と聞いているが社会悪の定義とはなんだ?」


元から気になっていた、一つの疑問。この組織が悪か善かなど関係なく加盟することは決めていたが、出来れば善であってほしいとは思っていた。後先考えずに加盟することだけを決めたのは犯罪者集団に捕まえられる前に関わった事件が原因だった。もちろん、一人でいることが嫌になったというのもわずかにはあったが。


テミス「…大勢を苦しめ、世界にとっての利益とならず、そして、大衆から死を望まれる存在。それが私たちエリクサーが切り取るべき悪だ。だから、国のトップを殺すようなことはできないし、しない。なぜなら彼らは少なくとも国民からは慕われている場合が多いからだ。

腐敗した役人、奴隷を集める貴族…社会に与える利益よりも社会に損害を与えているような存在を、私たちは殺す。


そして、大衆から死を望まれるのなら、エリクサーは速攻解散される」


テミスの瞳に映るのはわずかな迷いとそれでも揺らぎない信頼だった。自分たちの行動は正義であると思いながらも大衆というものの意思を反映するための組織である事を望み、陰ながら大衆に幸せを受領させることを願いとする。立派な信念であろうし、その言葉を静かに聞き、もう一度決心を固めるように頷いている彼らの様子を見ると、彼らは自分たちを善とも悪とも判断していないように思えた。


セミター「……ただ正しく。それがアラネアさんがよくいう言葉だった。俺たちはより大勢の人を救う、幸せにする。それこそが願いであったが、そうするには自分たちが善くあるだけではいけないと思った。人は幸せを、幸福を自分で得ることができる。環境さえ整っていれば、欲深くなければ。そして、俺たちはその環境を少しでも整えて、人々に幸福を受領する機会を増やすことが目的…そう信じている」


彼らは何も盲信しているわけではないのだろう。迷いながら、これが正義かと良いことなのかと解いながら、粛清を与えていた。自分たちがそれを与えて良い立場であるのかもわからず、けれど、そうする事で少しでも人が救われるのならと願って。

善でも悪でも無く、ただ正しくある。それは自分のためにはならず、誰かのためになるという自己犠牲的な精神から基づく物なのかもしれない。

そう思うと、この組織に属する人間は皆、一様に後悔や望みを胸に秘めているのかもしれないと思った。


エッジ「…なるほど。中庸であるからこそ、正しく、そして、良くあろうとする…ってことかな?


迷いが切れたよ。俺はここにいるみんなのために命を差し出すくらいにはここで尽くすことを決めようと思えるくらいには、ここは良いところだな」


静まり返っていた部屋で自分がそういうと全員がしばらく呆気に取られたかのようにあのお堅い雰囲気も重苦しい空気感も取り払われた。そして、ガタンと立ち上がったガードが俺に容赦なく肩を組んできた。


ガード「はっはっ!!お前最高だなぁ!俺もそうさ!正義のヒーローとかダークヒーローとか悪人に興味はねぇ!俺はここにいる奴らがすげぇから此処にいんだ!」

テルミシア「そのとーり!テミスもセミターもお堅いけど、その実、何倍も大勢のためって考えてるもんねー!」

セミター「そんなんじゃない。俺はただ、アラネアさんの信念に賛同しただけだ」

テミス「私もそうだ。何も正義のヒーローになるだけが人助けではないしな」

アシャート「あらぁ、これは期待の大型新人ってのは二つの意味でかもしれないわね」

エッジ「キタイのオオガタシンジン…?」


待て、俺はそんなふうに思われていたのか?


ヒア「そりゃあ、テミスさんに実力を買われてここにきたってだけで大騒ぎですよ。あ、あと、セミターが放置してた採点は私が終わらせましたよ」


そういや、セミター途中から採点してなかったな…

ヒアはため息をつきながらピンク色の髪をピンで止め直して、視界を改めて確保しなおせば、プリントを抱えて立ち上がる。心なしか目に光がない。


セミター「スマン」

ヒア「いえ、構いません。ところでエッジさん」

エッジ「……はい?なんでしょうか?」


テルミシアとガードは受け取ったプリントを見て、ガッツポーズを取って喜んだり、逆に項垂れて悔しがったりと、一喜一憂を繰り返していた。感情豊かだなと半ば思考放置しながら思っていたが、ダンっ!とプリントを机に押し付けるようにして渡してきたヒアに対してびくっ、と肩を振るわせながら姿勢を後ろにそらす。昨日で身を持ったがやはり、怒ったヒアはとんでもなく恐ろしい。


ヒア「なんですかこの点数は。応急処置の対処や健康に対する分野だけ平均点を大きく下回っていましたよ?」


さて…どうやってこの状況を解決しようか…他のメンバーからの視線は呆れ四割見捨て三割同情三割だった。



しばらくあと……

アシャート「はーい、それくらいにしてあげて…ね?」


ヒアの説教を受けている新人、エッジを見捨て部屋を出て2本ほどタバコを吸ってきたのだが、どうやらタイミングはちょうど良かったようだ。ヒアは真面目で優秀な医療兵士だ。スペルによるヒールは勿論、化学医療、更には「ガジェット」と呼ばれるいわゆる、魔道具による回復など一通りすべての医療技術を身につけている。

まあ、その分、説教が長いと言う欠点があるのだが。


ヒア「待ってください。ここの設問の解説が終わらせます」

エッジ「え、えっと…侵食型の炎スペルの場合…」


セミター「もう少しで終わるな。ガード、お前は全体的にできていたな。流石だ」

ガード「そりゃあ、散々解き続けたからな。何より、任務をこなしていくと勝手に身につくからな」


アシャート「テミス、またタバコ吸ってきたの?一日5本までだよ?」

テミス「わかっている…元バーテンダーのお前に言わせてもらうがタバコより酒の方がダメだろ…酔うと豹変する奴もいるんだ」

アシャート「健康的な面から見れば、タバコも大概よ?この前もヒアに怒られていたじゃない」

テミス「ああ、アラネアからもな…くっそ、思い出したら震えてきた。アラネアは怒ると怖い…」

アシャート「確かにねぇ〜…」


ホワイトボードに恐らく、奇石術に関する説明をするための図を書いている彼女はやはり、同性の私から見ても整った顔立ちをしていると思えた。教師として様になっていたが、長い髪が邪魔そうだとも思った。腰あたりまで伸びている銀色の髪をいつも彼女が手入れしているのはよく見かける光景だ。

私はと言えば、戦闘に邪魔になるからとロングを気に入っていたがセミロングにまで切った。机に突っ伏して眠っているテルミシアには随分も惜しまれたが、戦場に入れば、いつかはどうせ切られていたはずだろうし、気にしていない。


ヒア「はい…今回はこれで許しますけど、またいつか、テストしますからね」

エッジ「…勘弁してくれよ…」


口から魂が半ば抜け出てそうなほどに疲労しているエッジを見ると流石に哀れに思えてきた。だが、この部隊に属する限り、ヒアやガード、アシャートは彼が死ぬことを強く拒むだろう。その為にもヒアが彼に教える戦場での治療術は非常に有益なはずだ。


アシャート「エッジ、お疲れのところ悪いけど、奇石の授業に映るわよ」

エッジ「ん…んぐ…はぁ、わかった」


ミネラルウォーターを飲み込んだエッジはプリントを捲れば、奇石関連のページを見る。私がやるべきことはたいしてないのだが、テルミシアを起こしてやろう。

幸せそうにすやすやと眠る彼女の赤い髪をわしゃわしゃと撫でればんん、とうめくが目覚める様子はない。

揃えた手を軽く勢いをつけながら頭を叩く。


テルミシア「あいた!」

テミス「起きろ。アシャートの授業は役に立つはずだ」

テルミシア「んん…んぅ〜?あれ、私寝てた?寝てたね私!」

テミス「思いっきりな」


彼女は寝起きはいい方だ。すぐに意識が覚醒したようすの彼女はガードたちと机を並べて、アシャートの授業を聞く準備をする。内容は基本的に網羅しているとは言え、奇石術の研究は常に進んでいる。置いていかれないように私も同じように授業に受けようかと思ったが、少し真面目な顔つきでエッジの答案を見ていたセミターの表情が気になり、そちらに向かう。

答案を覗き込めば、どうやら心理や思考についての問題のページで、基本的に答案者について、こちらが知る為のものだった。


セミター「…テミス、あいつはもしかしたら、危ういかもな…」

テミス「………そうかもな」


セミターが指差し、私に見るように促してきた問題は至ってシンプルな質問だった。それはトロッコ問題のような質問であり、答えるもいうものなのだが、彼は最初のところに「トロッコを壊す」と回答していた。

まだ、危ういと判断するのは早計かもしれないが、


もしかしたら彼は目の前にある命は、全て救おうとしてしまうのかもしれない。


それは、あまりにも傲慢で、あまりにも危険な特徴。

そのことを私は知っている。取捨選択、それを即座に行えなければ、何もかも救えなくなる。

二人を助けようとして二人を殺してしまうより、一人を見捨てて、一人を助けた方が良い。


後悔しないようにその判断を下す。それが出来ないやつは私は嫌いだった。


???「どうして、悲しんでいるんだい?」


あっけらかんとした笑顔で、狂気に染まった笑顔でそいつが言ったその言葉をあの時の同じ景色とともに思い出す。それが昨日の出来事であるかのように鮮明に。

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