悪役令嬢の檻

美杉。節約令嬢、書籍化進行中

第1話

「ミシェル、君の数々の所業分かっているんだぞ」



 私の婚約者であるアレクシス様の声が、学園内のホールに響き渡った。


 今日はこの学園で過ごす最後の日。この卒業パーティが終われば、皆がばらばらになる。王都で働く者、家を継ぐ者、旅に出る者。本当にその行き先はさまざまであり、本来ならば友と過ごす最後の楽しい日となるはずだった。


 ああ、もうこれは何回目の断罪シーンだろう。私は心の中で盛大にため息をつく。いつの頃からか、私はカウントをするのを辞めてしまった。


 だってそんなことには意味がないと分かったから。



「アレクシス様……私は……」


「君の言い訳など聞きたくもない」



 アレクシスはそう言いながら、隣にいたレイラ嬢の肩を引き寄せる。淡いハニーブロンドの髪と、瞳と同じマリンブルーのドレスがふわりと揺れた。


 肩を抱かれたレイラは、ただうっとりとした瞳でアレクシスを見つめる。


 私とアレクシスは親たちが決めた婚約者同士だった。それでも、少なくとも私は彼を愛していた。彼が例え、私を愛していないと知っていても。


 私には彼女のような愛らしさも、誰にでも優しい心もない。学園では身分などに関係なく優しいレイラを誰しもが慕っていた。


 ある意味、そんな彼女にアレクシスが恋に落ちるのもまた必然だ。



「どうしてなのです? 私はただ……アレクシス様のことを愛してきただけなのに」


「愛してきただけだと? ふざけるな。皆、知っているんだぞ! 君がレイラに嫉妬をし、今までしてきた数々の嫌がらせ。今までは目をつむってきたが、今回はもう見逃すことは出来ない」



 そう。今回も同じなのねいい訳をしたとしても、事実を変えたとしても、結果は全てココにたどり着く。


 そうここは無限ループの檻の中。


 何度繰り返しても私は悪役令嬢で、愛する人をヒロインに盗られ、そして愛する人の手で断罪される。


 なんで私だけ……何度も何度も同じことを繰り返すの?



「私は何もしておりません。何かの間違いです」


「間違いだと!? ふざけるな。君が差し出したモノを食べたせいで、レイラは死にかけたのだぞ」


「アレク……様」



 大きなその瞳に涙をいっぱい貯め、レイラがアレクシスにしなだれかかる。


 レイラに毒が盛られたのは確かだった。でも私は何もしていない。初めこそ嫌がらせをしていたが、この無限ループに気づいてからは一度だってしていない。しなければいつかココから抜け出せるのはなないかと、ずっと希望を抱いていたから。


 それでも変わらない未来。私が何をしたというのだろう。むしろ、被害者は私なのに……。



「君は僕とレイラとの恋仲に嫉妬し、彼女を殺そうとした。貴族への殺人は未遂とはいえ死罪に当たる。牢獄の奥で震えながら、最後の時を待つがいい」



 元とはいえ、十年近く共に過ごした婚約者への言葉。アレクシスの言葉には一切の情すら、私には感じられない。


 彼にとって私は所詮それだけの存在だったっていうこと。ホント、馬鹿みたいね。いつかはアレクシスのことを愛さない日が来るのかしら。


 こんな私を想ってもくれない男のことなど……。



「私の言葉を、信じては下さらないのですね」



 彼には、私に対する愛情は一ミリもなかったのだろうか。


 いじめてもいじめなくても、無関心でも、仲良くしていても……。決して変えることのできなかった未来。


 もう疲れてしまったわ。いつまでも終わらないこの無限ループに。


 あなたたちは知らないでしょう?


 ただ死を待つだけの、あの薄暗く汚い牢獄の中で過ごす惨めさや、その恐怖も死ぬ瞬間の痛みも。


 誰がこんなことを始めて、私に何をさせたいのかなんて知らない。誰が本当の犯人で、どうしてこんなことになったのかも。


 そんなこと探したところで、抜け出すことはできないのだから。



「事実は事実だ! 何を信じることがある。君には失望した」


「何度申し上げても、私は無罪です。レイラ様に何もしてはおりません。しかし正当に調べもせず、アレクシス様はこのまま私を断罪なさるのでしょう?」


「まだ言うのか!」


「何度だって言います! これが最後だと知っておりますから。他の皆さまも知っていますよね? 私がレイラ様をいじめてなどいないことも……。でも結局誰も私を助けてはくれないのですね」



 きちんとそれを証明するために、いじめが起こるタイミングで証人となる人と一緒に過ごすなどしてきた。しかしこの場において辺りを見渡しても、皆私から顔を背けるだけ。


 関わり合いたくない。そう言ってしまうのは簡単だと思う。関わらなければ、自分たちの腹も痛くはないものね。


 たとえこのことに、私の命がかかっていると分かっていても……。



「もういい加減、失望しました……。この世界全てに……。結局誰も助けてくれない。私はこの檻の中から抜け出すことも出来ない」


「檻? なにを言っているんだ?」



 アレクシスの言葉が終わる前に、私は隠し持っていたナイフを彼の胸に突き立てた。みんなが何が起こったのか分からず、ただ固まって動けないでいる。



「きゃぁぁぁぁぁ」



 誰の声なのか分からない大きな叫び声が、このホールへ響き渡った。しかし私は気にすることなく、更に隣で愕然とするレイラにもナイフを突き刺す。



「あはははっはははははははははははははははははは」



 ただそれだけのこと。死ぬことがどれだけ苦しくて痛いのか。

 これでわかったでしょう?


 いつも私だけが感じる苦痛など、どうして許せるのだろうか。ああ、嬉しい。なんだろうこの解放感。今までの積りに積もった感情が、ナイフから滴り落ちる血と共に私の体からも抜けていく気がする。


 もっと早くこうすればよかった。

 こんなにも幸せな気持ちになれるなんて。今日この日のために、このホールに警備がいないことを確認しておいてよかったわ。


 これならまだ続けられる。



「ねぇ、みんなも一緒に逝きましょう? だって何度も私を見殺しにしてきたのだもの。一回ぐらいいいわよね。私から死の痛みと恐怖をプレゼントしてあげる」



 無限ループから抜け出せないのなら、私も自分の好きにさせてもらうわ。そう、どうせ死ぬのなら、みんな一緒に。


 私はナイフを振り回しながら、カーテンにろうそくの火をつける。


 幾度死んでも、何をしても、助けてくれない世界など私にはもう必要はない。



「この無限ループが続く限り、ずっとずーーーーーっとみんなのことを殺してあげる。私を愛して下さるまで、ね。あはははははは、次も楽しみだわ」



 そう、これが私の今回の答え。

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