第15話 店屋物(てんやもの)

 店屋物てんやものとは「自分の家では作らずに、注文してそば屋・すし屋などから取りよせる(一品)料理」(「国語辞典」)です。


 例えば、

「今日は一日家の片付けをして疲れたろうから、にするか」

というような風に使いました。


 店屋物というと、辞書の説明にもあるように、蕎麦そばや寿司が多かったです。他は、ラーメンなどの大衆的な中華料理でした。

 出前でまえをしてくれる店の種類が、それくらいしかありませんでした。


 出前をする人は、寿司屋なら「おかもち」(手を付け、蓋をはめた浅い桶)を片手に下げて、スクーターをバタバタいわせて配達していました。

 蕎麦やラーメンの場合は、四角いお盆に蕎麦などの食器を載せ、そのお盆を片手で頭の上まで捧げ持っていました。相当の技量が必要だったでしょう。のちに、スクーターやオートバイの荷台に取り付け、車体が揺れたりカーブで傾いたりしても食器は水平を保っている機器が普及しました。


 最近こうした出前風景はめっきり見かけなくなったと思うのですが、皆さまがお住いの地域ではいかがでしょうか。


 店屋物の代わりに現代では、

「宅配ピザを取ろう」

「デリバリーを頼もう」

「ウーバーイーツ頼むけど、何食べる?」

などと言うのでしょう。


 そういえば、私が通っていた中学校では、多くの先生が昼食に店屋物を取っていました。昼休みになると、職員室に蕎麦やラーメンの臭いが漂っていたのを思い出します。

 私は中学生の時に山岳部(といってもハイキング部のようなもの)に入っていました。

 部長を務めた時のことです。自分たちで作った山行さんこう計画を見てもらうため、昼休みに顧問の先生を職員室に尋ねることが時々ありました。先生は、大体いつも店屋物の「おかめ蕎麦」を食べていました。私はそこで初めて、おかめ蕎麦なるものを知りました。


 さて、店屋物には全く別の意味もあります。ただし、それは江戸時代の話です。それをここに書くか、いささか躊躇します。下ネタだからです。

 でも、私は下ネタ好きなので、書いてしまいます。


 俳句に似た短詩形文学に、川柳せんりゅうがあります。江戸時代の川柳の中には、もっぱら下ネタを扱う「バレ句」「破礼句」などと呼ばれているものがあり、たくさん詠まれました。

 バレ句では、店屋物は遊女を指すことになっています。具体例を三つほど。


 あてがって御汁おつけすが店屋もの  

   ※宛がって:適当に見積もって配分すること。


 蕎麦切そばきりでさえも店屋は汁少しるすく


 ぎれいにいておく店屋もの


 え? 意味がよく分からない? 恐れ入りますが、興味のある方は下記の本をご自分でお読みください。


【上記の句の出典】小栗清吾『男と女の江戸川柳』(平凡社新書、2014年)


 


 

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