エッセイ「ことばの過去帳」

あそうぎ零(阿僧祇 零)

第1話 好男子(こうだんし)

《本エッセイの趣旨》 

 言葉遣いに関して、私はどちらかというと、保守的な方だと思っています。

 保守的というのは具体的に言うと、新しく流行はやり出した単語や言葉遣いに、簡単に飛びつかない、くらいの意味です。


 特に、「メアド」とか「フリマ」など、長い単語、それも外来語を短縮させた単語には、何となく違和感を感じて、自分では使いません。


 とはいえ、「パソコン」には、何の違和感も感じません。広く普及しているし、自分だけ「パーソナル・コンピューター」などと言ったら、相手は「?」という顔をするでしょう。


 最近、「DX」という語を時々見かけます。デラックスの略かと思ったら、そうではなく、「デジタル・トランスフォーメーション」の意味だそうです。しからば、「デジタル・トランスフォーメーション」とは何か?

 中央官庁や企業の企画部あたりが、こうした横文字を使いたがる傾向があると思うのですが、偏見でしょうか?

 横文字を使えば、内容が新奇なことのように思わせるし、相手に、「知らない自分が恥ずかしい」と、感じさせられるかもしれません。


 さて、新しい単語や言葉遣いがどんどん生まれてくる一方で、ひっそりと消えていく、言い換えれば、死んでいく言葉もたくさんあります。


 同じ意味でも、新しい言葉が出てきて駆逐くちくされたり、意味するもの自体が消滅(例:鋳掛屋いかけや)したりして、いつの間にか消えていった言葉です。


 このエッセイでは、そうした、ひっそりと姿を消した言葉を、思いつくままに拾い上げてみようと思います。

 いささか大袈裟ですが、念仏のひとつでも唱えて、「過去帳かこちょう」*に記していくような調子で、1回について一つの言葉を取り上げます。

*過去帳:その寺に葬った人の法名・俗名、生没年月日などを書いておく帳面。

 

 取り上げる範囲は、自分が実際に耳で聞いたり目で見たりした範囲とします。したがって、江戸時代や先の大戦までに消滅した言葉は出てきません。


 余談ですが、昔の言葉を取り上げるのは単なる懐古趣味ではなく、小説の時代背景によっては、そのころの言葉を使うとリアリティが増す、という実用的な意義もあると考えます。


 なお、私は言葉の専門家ではありませんので、思わぬ間違いをするかもしれません。その際は、ご指摘いただけると幸いです。


《好男子》

 初回は「好男子」(こうだんし)です。

 『新明解国語辞典 第8版』(2021年)(今後、国語辞典といえば、本書を指します)には語義として、「①美男子。②気性がさっぱりしていて、人に好感を与える男性」とあります。


 自分が子供のころ、大人が「あの家の婿むこさんは、なかなかのだね」などと言っているのを聞きました。今はまったく見聞きしない単語です。


 国語辞典の語義説明にある「美男子」(びだんし)も、片足を棺桶かんおけに突っ込みつつあるのではないでしょうか。


 「ハンサム」はどうでしょうか? 使われないことはないでしょうが、若い人が使っているのは、あまり見かけません。


 現在全盛なのは、「イケメン」でしょうね。

 国語辞典にも載っていて、「容姿端麗な男性」とあります。


 新語のほとんどは、時間が経つと泡のごとく消えていきます。(例:「ナウい」)


 しかし、「イケメン」から「イクメン」という派生語?も生まれました。

 意外に長生きするかもしれません。



 

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