12 夜水と蜃気楼

「辻! パソコンを貸してくれ!」

「来て早々になんだよ……」

 玄関のドアを開けた辻の隙間を掻い潜り、パソコンがあるだろう書斎に突っ込んだ。

「こら! プライバシーの侵害だぞ!」

「なんだよ、エロ動画があるなら先に消しとけ! 待ってるから!」

「そんなもんは無い。先に手を洗いにでも行ってこい」

「分かったよ。何も食ってないから腹ぺっこぺこだよ、もー」

「食いに行かなかったのか?」

「あの家で食べたら戻しそうだから食べたくない」

 そう言い放つと、夜水は舌を出し、梅干しを齧った顔を投げ付ける。

「拒否反応が半端ないな」

 辻は変顔で横切る夜水を、ただ下目で見送った。


 与えられた自室に飛び込んだ夜水は、死屍累々で回収したトランクをさっそく開いた。

「入れすぎた感がある」

 溢れ出た衣服やファイルを眺め、改めて自分の適当さに呆れてしまう。

 女夜水よみずなら、めっちゃ綺麗に畳むだろうなーとトランクを漁っていると、彼女の日記に手が触れた。

「夜水、パソコン使っていいぞ」

 辻の言葉に、了解! と返事をするとトランクの中に服とノートを押し込んだ。


 夜水は書斎の主を脇に追いやり、椅子に座るとノートパソコンを開いた。

「一体何を調べるんだ?」

「疑似レコードの公開データだよ。地球に関する見聞が少しでもあったら救いになるだろ?」

「地球を知らなかった研究員が見落とすと思えない」

「一ミリの希望でも持ちたいんだよ。ほっとけ」

 辻を他所に、疑似レコードの一般公開データベースを開く。

 そして検索窓に、〝惑星〟と打ち込んだ。いきなり〝地球〟だと出なさそうだからだ。

 しかし膨大な検索結果に、唖然とした。

「こんな中から探すのって無理じゃないか……」

「無理だな」

「ぐっ、じゃダイレクトに地球って打ってみる」

〝地球 0件〟に両手で顔を覆った。

「あいつらマジ無能だ」

「頑張れ」

 辻は心のこもっていない励ましをした後、台所に行ってしまった。


〝惑星、青、緑〟と入れてもヒットするのは、ここの星である。

「自分の星をデータに打ち込むなよ……」

 この星にとっては必要な情報だろうが、今の夜水にはどうでもいい。

「はーあ」

 早々に飽きてしまった夜水は、そうだと思い立ち、地球の有名人を打ち込んでみた。有名人と言ってもナイチンゲール、織田信長あたりである。

「おお! ナイチンゲールが男、織田信長が女だ! 名前が明らかに性別から逸れてるけど!」

 おおーだのひえーだの騒がしくしている夜水の声に、絶対良からぬ事を調べているのだろうと、辻は牛肉を手にヤレヤレと首を横に振った。

「あっ、そうだ。恐竜の毛についても調べよう」

 カチカチと打つと〝恐竜の毛、未入手〟と表示された。

「やった! 後はこれを調べに行きたいと研究所に提出すればいい」

 夜水は万歳と両手を挙げながら、辻の椅子でクルクルと回った。

「そう言えば、『蜃気楼を妖怪』だと勘違いして飛んでった奴がいると聞いたな」

 自分の恥が永久に疑似レコードに残ったままとなるのは切ない。

「地球は知りたいけど、変な奴として登録されるのは嫌だな……っと」

 カチッと〝蜃気楼〟と入力する。

「あれ?」


〝蜃気楼 温度によって見え方が異なる現象〟

〝蜃や龍、蓬莱については真偽不明〟


「『妖怪いませんでしたー』って記述じゃないな。まだ公開されていないのか? んんん?」


 辻は「蜃気楼は妖怪だ!」なーんて眉唾を信じ、宇宙へ飛び出したトラベラーがいると話した。

 それは地球での出来事だ。

 なら、この星でも妖怪を調べた奴はいるのか?

 夜水の地球では母と夜水達の職業や住処は変わっていなかった。辻も性別だけが変わっていると話したし、女の夜水と女の辻だって地球にいるのだ。

 ということは、この星でも「蜃気楼は妖怪!」などと喚き、行動した奴がいる。

 なら、疑似レコードにも『蜃気楼は妖怪ではありませんっ』、といった愉快なデータが載っている筈なのだ。

 なのに無い。


「勘違いでもしたのか? あいつ」

「おい、メシが出来たぞ」

「わかったー!」

 夜水はパソコンをシャットダウンさせると、ぱたりと閉じた。

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