定着する がおー

 




 さてさて。いきなりだが、私はいま、巨大な森を目の前にしている。

 始まりの街アジーン近くの平原を西に抜けた、W2エリア。

 敵の厄介さから人気は無いものの、貴重な糸や森ならではの素材が豊富にあるため需要は今のところ尽きない……らしい。


 今日ここに来た理由はもちろん、装備作成のための素材集め。

 カナは居ないよ。フレイさんのお店の前で解散したから。


 あ、15時になったね。配信開始予告時間。

 ぽちぽちっと画面を操作して、カメラドローンを呼び出す。


「はいはいこんにちは~ ユキだよ」


『こん』

『わこ』

『わこつー』

『こんゆき』

『待ってた』

『がおつー』

『わこー』

『こんちゃー』


「わーみんな今日も沢山ありが…………っ!」


 配信を開始すると同時に、溢れるたくさんの挨拶。

 いつも温かくなるそれは、今日に限っては私の表情を凍らせた。


『こんー』

『いや草』

『おいいま天才がいたぞw』

『神か?』

『俺たちも続け!!』

『がおつー』

『がおつー』

『がおつー』


「うあ」


『wwww』

『がおつー!』

『がおつ!』

『がおつー』

『がおつーー』


「うああああ!!!」


 今の私は、顔をリンゴのように真っ赤にしているのだろう。

 流れるコメントの一つ一つが、私の#精神__ライフ__#を削っていく。


『もはやトラウマみたいになってて草』

『ユキちゃん発狂するの巻』

『がおーからは逃れられない』

『もうこれ挨拶固定で良いのでは?』


「……ちょっと待った皆マジで言ってる?」


『大マジ』

『ユキのチャンネルって固定の挨拶ないし』

『ちょうど良いのでは?』

『名案』

『配信開始時のコメントはがおつーに決定で』


「いやダメだって!! 配信する度に私に死ねと仰る!?」


『恥ずか死』

『それもまた可愛い』

『いいんじゃない?』

『賛成だわ』

『よし決まりだ』

『恨むなら咆哮事故した自分を恨んで』

『咆哮事故w』

『なるほど放送事故かwww』

『それは天才w』


「ぐぬううう許さないからねぇ!」


 配信者によっては開始の挨拶が決まっているというのは、私も流石に知っている。

 だが、開始早々にがおーの連打を浴びるのは流石に酷すぎやしないだろうか。


「……非常に、ひっっじょうに不本意だけど、いつまでも騒いでられないのでやることやるよ」


 このままでは、いつまで経っても装備の素材集めが始まらない。

 話の流れから逃げようとしたわけじゃないからね!


『お』

『そーいえば、ここどこ?』

『森じゃん』

『w2か』

『こんなとこもあるのか』


「そうなんだよーいろいろな場所があるよねぇ……まぁ、私も今日はじめて知ったんだけど」


『草』

『そうなんやw』

『難度高いけど素材ドロップ美味しいんだっけ』

『例によってまだ稼げる人全然いないやつ』


「今日貰った説明も、そんな感じだったかな。

 えーっと、そういう訳で、今日の目的は装備の素材集めです」


『おお』

『ついにか』

『素材集め大事』

『ローブ系か』


「そうそう。出来ればボスドロップの糸が沢山欲しいんだって」


『ボス……!?』

『いや無理だろ』

『w2エリアボス討伐者いたっけ』

『二グループくらいは情報あげてたはず』

『情報はご存知?』


 ただ話しているだけなのもアレなので、適当に森を歩きながらコメントを拾っていく。

 話題はエリアボスのことになってきたね。


「んーまぁそこそこ? デフォルメされているとはいえ、でっかい蜘蛛ってことと……ああ、拘束がかなりキツイってくらいかな」


『嫌いな人は嫌いかもなぁ』

『見た目はマシだけど動きがね』

『デカいのが罪すぎる』

『ところで拘束対策はしてるんです?』

『あれ実質一人常に欠けて戦闘するようなもんだよな』

『ほんとそれ過ぎる』


 お、魔物が出てきたね。中型の蜘蛛みたいなやつと……これは蜂か。

 うぇぇ。やだなぁこのマップ。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆

 名前:スパイダー

 LV:12

 状態:平常

 ◆◆◆◆◆◆◆◆



 ◆◆◆◆◆◆◆◆

 名前:キラービー

 LV:10

 状態:平常

 ◆◆◆◆◆◆◆◆


「[充填]……………………[発射]っと。

 えっとねー。ボス対策は一応考えてあるよ。予備案がある訳じゃないから、それで駄目なら詰むけど」


『うーんw』

『潔い』

『ソロで勝算あるだけ意味不明だけどな』

『捕らえられてどうやって勝つの……?』

『あまりいい予感がしないw』

『絶対脳筋ダゾ』

『わかるw』


 襲い来る魔物を、適当に打ち払っていく。

 うん、流石にまぁレベル差もあるしサクサクだね。

 この辺りで取れるドロップも必要らしいから、しっかりと倒して行かないと。


「あはは。脳筋は否定出来ないかも。

 まあ、上手くいくにせよ駄目にせよ、サクっと片は付くと思うから。気楽に見てほしいかな」


『ういー』

『頑張れ』

『サクっと終わらせられるボス君』

『エリアボスの扱いがひでぇ』

『大体ユキのキャラビルドが悪いw』


 んー、伊達に森の名を冠していないってかんじ。視界が悪い。

 まあでも、厄介って聞いていた割には、大して苦戦もしなそうかな?

 このままボスもあっさり行けると良いんだけども。


「ライフで殴るかライフで受けるか。シンプルで良かろ?」


『それでなぜ通じたのか』

『完全に片手間でw2踏破してるの笑うんだよな』

『格下エリアでユキが詰まる要素無い(HP的に)』

『格上潰しまくってるくらいだもんな』

『デバフはどうなの?』


「え、うーん…………毒も麻痺も全部体力で受けちゃおう」


『いや草』

『それは流石にww』

『実際削りきれる火力がないと受けられる模様』

『まおーさま呼んできて』


 言われてみれば、妨害系に私は弱いのか。麻痺とか。

 あるか分かんないけど、スキル封印とかされたらもう置物になっちゃうね。

 そのあたりの対策も、おいおい出来れば良いなぁ。



 そうこうしているうちに、ボスゲートのところまでたどり着いた。

 さーて。じゃあいっちょボス蜘蛛狩りといきますか!



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る