気まぐれな彼女

横山佳美

気まぐれな彼女

 タカシは言った。


「俺にはどうしても”のぞみ”が必要なんだよ。俺の元に必ずこい。


”のぞみ”と一緒なら、みんなが羨む生活が手に入るんだ。」




そして、シノブは言った。


「僕は、君が振り向いてくれなくても、君が僕の所へ来る日まで待ち続けるよ。


だけど、”のぞみちゃん”と一緒なら、僕の歌を必要としている人へ届けられる気がするんだ。」




 タカシは、会社員3年目。そろそろ昇給してもいい時期だと密かに考えている。


仕事はつまらないが、趣味に費やすお金がもっと必要だった。


後輩に仕事を教えていく立場にもなってきたが、そんなことに時間を割きたくない。


仕事のパフォーマンスが下がり、昇給に影響しかねないし、


後から入ってきた奴が、俺より仕事ができては困る。


先日、会社内で新しく発足したマーケティングを担う若手チームの一員に選ばれた。


しかも、俺が最年長だ。全く乗り気がしなかったが、


一番年上のタカシがチームリーダーに選ばれるだろうと噂を聞き、


チームリーダーと昇給はイコールであるという腹黒い期待がジワジワと生まれ始めていた。


今日は、上司から珍しく「一緒に昼飯を食おう。」と急な誘いがあった。


これは、もしかしたら俺がチームリーダーに選ばれたという報告なのかもしれないと


緊張しながら昼飯にいくと、いつも通りの世間話を聞かされるだけのつまらないものだった。




家に帰ってきたタカシは”のぞみ”に文句を言った。


「俺が今まで頑張ってきたのに、なんで”のぞみ”は、僕にチャンスをくれないんだよ!


やっぱり、俺の幸せなんて、どうだっていいんだろう?


リーダーになんて元からなりたくないし、


昇給したところで、給料はたかが知れている。あぁ、もう!ムシャクシャする!


お願いだから、宝くじ、当たってくれ。」と、


家に帰る途中で買ってきた宝くじを両手で掴み取り、神に捧げるように頭上に持ち上げた。




”のぞみ”だって、黙っちゃいられない。


『ちょっと待ってよ。今日あなたに二つもチャンスをあげたじゃない。


あなたの上司が聞いてくれたでしょ?


「仕事で困った事とか、何か心配は事無いか?」って。


それが、あなたへのチャンスだったのに。気づかなかったあなたが悪いんじゃない。


それに、私の事を恥ずかしがって人には話せなようじゃ、


あなたが”のぞみ”を手に入れるには、残念だけど、程遠いわね。


タカシはね、あなたの運命を私に託して、文句ばっかり言うくせに、


”のぞみ”が欲しい、”のぞみ”がいないと困ると口先だけで全く行動しない。


でもね、気づいてないようだけど、二つ目のチャンスは受け取ってるわよ。


そう、宝くじ買ったじゃない!だから、あなたの願いは叶います。」


と怒りを隠せないヤケクソの、”のぞみ”はタカシの前から立ち去った。


数日後、タカシが掴んだものは、


『300円の当たりくじ』と『未来の”のぞみ”を失った』空虚感だけだった。




 シノブは、ストリートミュージシャンをしながらも


清掃業のバイトで生計を立てる二足の草鞋生活を3年続けていた。


歌う事も歌を作る事もとにかく楽しくて、


モードに入ると寝る間も惜しんで作詞作曲業に励んでいた。


自分のこだわりの世界で溢れたオリジナル曲を、


人々が行き交う賑やかな街中で、静かに歌うことが好きだった。


観客がいる方が珍しいくらい、誰にも知られていない無名の歌手だけど


僕の歌を必要としている人の所に必ず届くと信じて、気にしないようにしていた。




”のぞみ”は決めていた。


「シノブ君がもし、私の為に彼が一番苦手な『人から注目される』ことに、


もう一歩チャレンジする姿勢を見せてくれるのならば、私はシノブ君の元へ行こう」と。




シノブは、暗くなるのが少し早くなるこの季節の街で歌うのが好きだ。


駅前が家路へ急ぐ人々で溢れ返っている時間帯、


シノブはいつも通りギター1本だけを持って静かに歌っていた。


この日は、数日前から始めたSNSのアカウント名を


恥ずかしながらもギターケースに貼り付けてきた。


大きなスピーカーで派手にパフォーマンスをしている歌手がこの通りに数人いるようで、


シノブのギターに歌だけのパフォーマンスは一瞬にしてかき消され、


誰も足を止めてはくれないが、いつもの事なので気にも掛けない。


一曲歌った後に、ペットボトルの水をグビグビっと空を仰ぎながら飲み干した。


その時、駅前の大型ビジョンに今夜放送の音楽番組のコマーシャルが流れた。


シノブは突然立ちあがり、


「来年、僕はあそこで歌を歌いまーす!」と大型ビジョンを指差しながら叫んだ。


さっきまで、騒々しい音を奏でていた街が、完璧なるタイミングで一瞬の無音を作り出した。


同時に、大勢の人が僕の方を一斉にジロジロ見始めたことに気がついた。


完全に無意識だった。


考える前に体が勝手に動いたことに動揺して、変な汗が背中をつたった。


恥ずかしさを隠すように、また定位置に小さく体を丸めて座り歌い始めた。


そして、サビ前に大きく息を吸った。『ハッ』と胸を広げ、顔をあげると驚いた。


僕が人に囲まれ、注目を浴び、僕の事を撮影してくれる人までいるなんて。


聞いてくれる人がいる喜びが止めどなく溢れ出し、


失恋のバラードソングでさえも、明るく元気なポップ調で歌っていた。




 シノブは家に帰ってきて、”のぞみちゃん”にこう言った。


「僕には到底届かないと思っていた”のぞみちゃん”に少し近づけた気がするよ。


君がいてくれたから、僕はここまで頑張れたんだ。ありがとう!


今日は初めて手応えを感じられるパフォーマンスができたよ。」


涙目のシノブをそっとしたまま、”のぞみ”は無言で立ち去った。




翌日、シノブは、撮影された動画がバズり、


僕の名も少しは世に知れ渡ると密かに期待していたが、全くだった事に愕然とした。




そして、あの日から半年が経ち、公園の道がピンク色に染まる今日まで、


あの奇跡みたいな夜はもう来なかった。


「今まで”のぞみちゃん”の事だけを思って、頑張って来たけど、


最近、君のことがわからなくなってきたよ。


もう現実をしっかりと見つめる時が来たのかもしれない。


”のぞみちゃん”の事をずっと手放せなくてごめんね。


もう、”のぞみちゃん”に見合う人の所へ行っていいよ。バイバイ。」




最後と決めて、全ての思いを詰め込んだ作った歌を、


いつもとは違う静かな公園で、


遠くに行ってしまった”のぞみちゃん”に届けるように


必死に歌いあげた僕に残ったものは、やり切った満足感だけだった。


でも、やっぱり諦めるられない事は知っていた。


そして、女の子は気まぐれだって事も知っていた。


もう別れを告げたはずの”のぞみちゃん”が、シノブの元へ戻ってきた。


シノブが想像もしていなかったような大きなチャンスを抱えながら。



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気まぐれな彼女 横山佳美 @yoshimi11

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