【第3話】溢れ出る興味

「こんなことされるのが、たまらないんだろ?」


だらしなく肥えた中年男が、冷たい床に四つん這いになった私の尻をバラ鞭で叩く。


「あっ…あぁ…。ご、ご主人様ぁ」


こんなことで感じるわけなどないが、仕事だからと割り切って事務的に感じているふりをする。これももう慣れたものだ。男は私を痛めつけた気になって興奮している。


「もっと欲しいか?ほら、自分からおねだりしろよ」


小馬鹿にしたように笑い、陳腐な言葉責めを吐く男に、私は何の感情も抱かなかった。


「もっと、してください…」


私がそう口にすると、男は満悦そうに再びバラ鞭を振り上げる。


そんな状況で、私の脳裏は元少年Aのことで占拠されていた。この仕事を続けていて、サディストを自称する男達など幾多と見てきた。ソフトなものから、一般的には理解され難い過激なものまで、大小、種類問わずあらゆる加虐欲を持った男達がいる。それでも、当然のことながら、元少年Aレベルのサディズムを持った男とは出会ったことがない。


元少年A。どんな人物なんだろうか。女子高生連続殺傷事件という事件自体というより、犯人である彼自身への興味が溢れて止まらなかった。


「沙夜ちゃぁん…、なんだか萎えちゃったよ」

「え…?ご主人様…私、何か不快にさせることしちゃいましたか?」


男は私の顔を見つめながら深いため息をついた。


「沙夜ちゃん。なんだか上の空じゃん。気持ちよくないの?」


しまった。仕事中にも関わらず、元少年Aのことで頭がいっぱいで、プレイや演技がおざなりになっていたようだ。


目の前にいる男、田中は、私がこの店に在籍しはじめた頃からの指名客だ。何故だか、異様に私を気に入っており、今日のように不満を漏らすことなど今迄で一度もなかった。


「き、気持ちいいですよ!」

「えー…本当かなぁ…。なんだか萎えちゃったから、とりあえず口でしてよ」


そう言うと、田中は柔くなってしまった自身を私の顔の前に突き出した。私は彼に言われるがまま、それを口に運んだ。


プレイ中、不満そうにされたものの、どうにか無事に120分コースを終えて、店の待機部屋に戻った。部屋では、指名客やフリー客がついていない嬢達が、退屈そうにスマートフォンをいじっていたり、やる気無さそうに煙草をふかしてお呼びがかかるのを待っていた。七畳程度の待機部屋には、四人の嬢達がお互い適度に距離をとって座っている。私も他の嬢にあまり近寄らないで済むスペースを見つけて座り込んだ。


今日の一件は、この仕事をはじめてから初めての失敗でもあった。いくら兼業でこの仕事をしているからといって、本業に引っ張られては駄目だ。普段の自分ならあり得ない。けして今の仕事にプロ意識やら熱意を持っているわけではないが、一つの仕事として金銭を受け取ってやっている限り、不甲斐なさを感じた。



「沙夜ちゃん、ちょっといい?」


待機部屋に入ってきた高田に呼び出された。きっと、田中とのプレイについてだろう。


「今日はどうしちゃったの?田中さんから、ちょっとしたクレームが入ったよ」

「…どんなクレームですか?」

「なんだか沙夜ちゃんがプレイに集中してくれなかったってさ。本業かプライベートでなんかあったの?」

「いや…ただちょっと疲れが溜まってるだけです」


高田は心配そうに私の顔を見つめる。そしていつも通り、金庫から日当分のお金を取り出して茶封筒に入れて私に手渡した。


「なにも無いならいいけど、次から気をつけてね。田中さんは沙夜ちゃんの1番の太客なんだから…」

「すみません、以後気をつけます…」

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