朱雀大路の戦法たち

かえさん小説堂

人間戦争「将」

「丑三つ時には朱雀大路を通ってはいけない」


 それは京都に住む者たちが頭に入れておかなければならない暗黙の了解であった。


 もし、その場に相応しくない狼藉者がいようものなら、彼らはそれを許すことはしないだろう。

 そこに相応しいのは力を求める者のみ。どの組にも属さない者は、すぐさま追放処分にされるのだ。



***


「今宵もよくぞ集まったなぁ、乱暴者共! 今夜の「将」は激アツ展開待ったなしやでぇ! 二大巨頭の大決闘やぁ!」


 その大音量の声に、集まった人々は歓声を上げる。老若男女問わず、屈強な男から品のある女、輝く目を向ける子供までもが、その中に混じっていた。


 拡声器を持って声を上げる男は、人々の頭上に建てられた舞台から、細長い目を落としている。その口角はいつにもまして上がりきっており、似合わない黒スーツの袖をまくっては、冷めやらない熱を振りまいていた。


「私も今宵を楽しみにしておったんやぁ! 二十年前からの因縁、「振り飛車党」と「居飛車党」が、再び抗争を始めるみたいやからなぁ!」


 群衆の歓声が再び湧き上がる。夜中の二時とは思えないほどの騒がしさが空気を侵食するが、それを咎めようとする者は誰一人としていない。


 提灯で眩しいほどまでに照らされた朱雀大路は、ほとんど真昼時と変わらない光景になっている。空模様の黒さだけが異質であり、その違和感はまるで別世界にいるかのように感じさせるほど異様であった。


「もう掛け金は払ったかぁ? 記念すべき今宵の一局目は、この後まもなく始まるでぇ! 「振り飛車党」から四間しけんくるま、「居飛車党」からはささげぎんやぁ!」


 人々は各々の勝利する方を口々に話しては、今までにないほどの盛り上がりを見せていた。


 拡声器を持った男は静かに降壇し、すぐさま選手控室に足を向ける。


***


 控室は清潔な畳が敷かれた和室であり、茶室ほどの狭さの部屋であった。

 そこは普段ならば、選手一人と複数の仲間であろう者たちがわいわいと騒いでいるのだが、今宵だけは変わった空気を漂わせている。 


 一人は畳の上に正座して、瞑想しているようだった。紺色の着物を正しく着付け、長い黒髪を後ろで縛っている。長く刀を振るってきたのであろう体つきであり、膝の上で握りしめた拳が、武闘を極める者のそれであった。


 傍らに控えてある日本刀の鞘には「銀」という字が彫られていた。


 その傍らで壁にもたれている二人は、正座している男と顔立ちがよく似ている。髪型と着物の色が異なっているものの、その容姿からは兄弟であることが予想された。


 その三名の目の前に立つ男は、スーツの上に陣羽織を羽織っている。白いマスクをつけ、鋭い眼をもった者だ。肩まである白髪が光を反射し、刺すような光と威圧を保っていた。


「さて、いよいよだね」


 白髪の男が言う。それと共に、瞑想していた男が目を覚ましたように瞼を開けた。

 張り巡らされた緊張の糸がピンと張り、身を切りそうなまでに鋭くなっている。


「とうとう振り飛車党との停戦が終わるわけだ。俺が居飛車党の党首になった今、この代で…決着をつける」


 白髪の男は握りこぶしを固めた。

 それに応じるように、紺色の着物の男が立ち上がる。


「お任せください。この最初の戦い、私が制します」

「頼んだよ、ささげ。まあ二局目と三局目には、君たち二人にも出てもらうけどね。幸先の良い結果を期待しているよ」


 壁にもたれていた二人にも、緊張の糸がつながる。


「まさか全面戦争の初っ端から俺らがやるのか~」


 赤色の着物を着崩し、赤色が混じった短い黒髪を持つ男が言った。腕を組んで平生と同じような口調を保っているものの、その声には高揚感を含んでいる。


「相手も只者じゃありません。僕たち兄弟の力を以てしても、打ち破れるかは分かりませんが…」


 緑の着物に、癖のある黒髪を真ん中で分けた男が続ける。銀縁の丸い眼鏡の奥から覗く目は垂れており、落ち着きのある雰囲気を出している。


「な~に言ってんの。俺らが弱気になってどうすんのさ? ここは実力の見せどころでしょ」

「いえ、しかしリスクというものが…」


 不安そうに言う緑の着物の男に、赤色の着物の男が肩を組んで軽々しく言う。

 それを咎めるかのように、棒は重い口を開いた。


「私たちはやることをやるまでだ。それに難易度は関係ない」

「相変わらず棒の兄ぃは硬いね~。父さんが一番手をかけただけはあるな~」

「こら、早繰はやくり…。兄さんは対局前なんですよ」

「俺らだってそうじゃんか~」


「はいはい、静かにね」


 白髪の男が話を遮る。軽く咳払いをし、男は言葉を紡いだ。


「まだ今夜に決着が付くとは思っていないよ。振り飛車党との因縁は二十年に及ぶ…。決定的な何かがないかぎり、どちらかの強弱は決まらないだろうね」


 男はマスクを取り、口元を露わにする。


 その口は両端に裂けたような傷跡が黒く残っていた。秀麗な顔立ちにその傷は生々しく、呪いのように張り付いて離れないでいるようである。


 そのときの男の表情は、鬼のように凶悪であった。


「この傷の原因となったあいつらに、弱者というレッテルを張るんだ。そのためなら、何をしたって構わない」


 三人は無意識に背筋を正した。再び緊張の糸が張り詰める。


 ピリピリとした空気をもろともせず、白髪の男はマスクを直し、控室の扉に手をかけた。


「じゃあ、頑張ってね。三羽烏さんばがらすの名に恥じない対局をするように、ね」



 


 



 


 

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