第4話
姉は単位の使い方がおかしい。たとえば、文字数は原稿用紙にあわせて400文字を基準とすることが多いのに、なぜかいつも140文字が基準の単位だし、1週間は7日ではなく21食と数える。1年は1096食らしいが、これは大晦日だけ4食だからというのが理由だ。一年がんばったご褒美に、年の最後だけはたくさん食べていいという謎ルールがあるらしい。なお、おやつはカウントされないようだ。
それにくらべれば、キログラムは国際単位系で質量の基本単位だから、まだ理解できないこともない。唐揚げの単位としてはおかしいけど。ちなみにグラムが質量の基本単位と思われがちだが、グラムは「キログラムの1000分の1」が定義だ。
結局、0.3 キログラムの唐揚げを持ち帰ることにした。某ハンバーグ屋さんでは150グラムのレギュラーバーグしか食べることのない私にとっては、これでも1回では食べきれない量だ。せっかくなので、職場に持って行っていただくことにしよう。
姉の作る唐揚げはお世辞抜きで美味しい。なにしろたくさん作ってきたので、下味の付け方や衣につける粉の比率などを研究し尽くしている。ていうか、高校生のころ、本当によく食べたよな。
「唐揚げと言えば、あさひって、お弁当の唐揚げだけは、絶対に自分で作ってたよね」
高校時代を思い出す。
当時、お弁当は二人のどちらか、またはいっしょに作っていた。二人で作るとき、作業は分担していた。でも、あるときからなぜか、唐揚げだけは必ず姉が作ると言って譲らなくなった。そして、作る頻度も凄かった。
「えーと……そうだったっけ?」
おや? 急に弱気になったゾ?
「なんか理由があったわけね。どれ、おねえさんに話してごらん」
妹だけど。
「……まあ、昔のことはいいじゃないの」
こういう誤魔化しかたは、まちがいなく男子関係だ。反撃開始のチャンス、と思った瞬間、インターホンが鳴る。助かったという表情を見せながら、姉はモニターに映った顔をチラッと見るや通話せずに直接玄関に向かう。
「ごめんね~、近くまで来たから寄ってみた」
入ってきたのは小学校から腐れ縁のアヤ。
「いや、近くもなにも」
「同じマンションだし」
私はいつもツッコミばかりと言われるが、それはちがう。ツッコミは、ボケがいなければそもそも必要ないのだ。アヤが相手だと、姉もいっしょにツッコミに回る。同じマンションの住人であるアヤの定番のボケに、わたしたちの定番のツッコミ。新喜劇を思い出すわ。
「なによぅ~。せっかくいい蟹が手に入ったから持ってきたのに」
アヤが不貞腐れてみせる。
「蟹?!」
歓喜の声をあげる姉。
「鍋でいい? 鍋でいいよね? すぐに準備する!」
いや、お腹いっぱいですけど。きっと姉には、各食材に対して一つずつ別腹があるのだろう。
「あ、唐揚げがある! あさひ、いつもお弁当に持ってきてたよね。久しぶりに一つちょうだ~い」
許可を得る前に食べるアヤ。おかげでいい感じに話が戻った。
「アヤはいつももらって食べてたの?」
「うーん、美味し~い! そうそう、あさひとは同じクラスだったからね~。お昼はだいたい一緒。晴れた日は中庭で食べたり」
「アヤさん? そのへんにしておきましょうか」
姉は都合が悪くなると、友人でも家族でもさん付けになる。いいぞアヤ、もっとやれ。
「あの頃、サッカー部にイケメンがいてね~」
「ほぅほぅ」
「ある日、中庭でお弁当食べていたら、通りがかったそのイケメン君が、あさひのお弁当から唐揚げ奪ってぇ~」
「アヤ!」
めずらしく大きな声を出す姉。ひるむなアヤ、続けるんだ!
空気を読まない力ではだれにも負けないアヤは、気にせず続ける。
「『あさひのお母さん、料理上手だな』って。あさひが作ったのにね~。それ以来、あさひってば、いつものお弁当箱の他に、唐揚げだけ入ったタッパを持ってくるようになったんだよね~」
「で、イケメン君が食べにくるように?」
「ならなかったものだから、いつも余ってしまって、全部二人で食べてたら、私もあさひも太った太ったw」
ヒュン! と音を立ててブーメランが飛んできた。
と思ったが、本物のブーメランなんて見たことないことを思い出した。日本では、ブーメランというと、メディアや某政党がエラそうに語った批判が、後日自分に跳ね返ってくるという意味で使われることが多いようだが、元々はオーストラリアのアボリジニが狩猟や儀式で使った木製の武器のことだ。
なぜブーメランだと思ったかというと、回転しながら弓状の形状のものが飛んできたからだが、投げた人の手元に戻らないのはブーメランではなくカイリーと呼ぶのだったか。
飛んできたのはブーメランでもカイリーでもなく、またオーストラリア産でもない、フィリピン産のバナナだった。
「あっぶな! なひぃこぇあさひ?」
バナナの皮をむいて食べ始めるアヤ。こいつもたいがいだな。
「お鍋の準備している間に、フルーツでもと思って」
いや、それでバナナ投げるヤツいないだろ。デザートにはクリームパイでも投げるのか。顔面に向かって。
そうこうしているうちにカニ鍋が完成した。3人で手分けして鍋や食器を運ぶ。お腹いっぱいでも、やっぱりカニは美味しそう。
いただきまーす!
「わたしが取り分けるね」
よく働く姉だ。助かるけど。
「カニの脚、ひとり何ダースずつかな?」
いや、単位!
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